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2010年3月

決算日にあたり

今日が決算日、という企業も多いと思います。

決算日にしておくことをいくつか挙げてみたいと思います。

①現金は金種別に数えておきましょう。

・・・これは、毎日やるのが基本ですので、とりたてて掲げることでもないのですが、決算日ということで、さらに強調しておきます。

②不要・不良な在庫・資産がないか、チェックしましょう。

・・・もし返品可能であれば、返品し、引き取ってくれる業者があれば、今日のうちに依頼し引き取ってもらいましょう。その際、確実に、「引取済」が確認できる書類をもらっておきましょう。

自社で廃棄したりする場合には、廃棄前後の写真を撮っておきましょう。今はデジカメがあるから便利ですね。

③仮払・仮受などの科目の残高が残っている場合には、今日のうちに精算しましょう。

・・・貸借対照表はスリムなほうがいいのです。旅費仮払いの未精算、売上代金の過大入金などの未精算があったら、今日のうちに精算しておきましょう。

④売掛金・未収入金・貸付金などの長期滞留債権がないかどうか、チェックしましょう。

・・・何年間も未回収のままの債権はありませんか?相手が支払能力がない場合には、債権放棄通知書を内容証明郵便で出せば、税務上、貸倒損失に計上できます。

また、継続的取引(不動産の売却などの単発的でない取引)の売掛債権であれば、取引が停止して1年以上経過している場合は、備忘価額を残し、貸倒損失に計上できます。

⑤未払賞与は、今日までに、賞与支給額を支給対象者全員に通知し、かつ、1ヶ月以内に支給した場合に計上すれば、税務上、損金の額に算入できます。

明日から新しい年度が始まります。

とりあえず、何とか無事に新年度が迎えられることに感謝いたします。

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目標、そして・・・

私たちの事務所では、毎月、事務所全体と個人の2つの目標を立てます。

そして、その達成度を、毎月チェックします。

年間目標は、事務所全体のものを、部門や課でブレイクダウンし、達成に向けた行動計画を立てると同時に、毎月進捗度をチェックします。

個人の年間目標についても、毎月チェックします。

それが、自分の行動計画に反映されるのです。

私の今月の目標(これは年間目標を月ベースにしたものですが)は、達成できました!

達成してみると、その目標自体が、大変重要なことであることが、よく分かります。

何でも、やってみないと分からないのですね。

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利休忌

3月27日は、千利休の命日です。

千利休は、1522年(大永2年)、大阪の堺に生まれました。

18歳のとき、武野紹鴎に入門しました。

そして、1591年(天正19年)、70歳の時、太閤秀吉の怒りを買い、切腹を命ぜられました。

ちなみに、秀吉が亡くなったのは7年後の1598年、63歳のときでした。

利休が亡くなったときには56歳、という計算になりますね。

表千家では3月27日、裏千家では3月28日に、利休の遺徳を偲んで、「利休忌」という茶会が催されます。

利休と秀吉は、お茶を通して、初めのうちは大変うまくいっていたようです。

どこでどうすれ違いが生じてきたのでしょう。

いろいろな説があるようですが、権力におもねることを良しとしなかった利休の美学を、秀吉が受け入れられなかったからではないのかな、と思います。

さて、利休はその当時ではずいぶん長生きだったのではないでしょうか。

お茶はもともと遣唐使で最澄が中国から持ち帰り、栄西がその後、広めたといいます。

菅原道真も、薬として服した、という記録もあるようです。

利休も、お茶で長生きしたのかもしれません。

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再び、電子申告の話

先ほど、主人の院生時代の友人Iさんから電話がありました。

彼は出身大学は私と同じで、同級でもあります。

私とは大学時代は知り合いではありませんでしたが、私たちの結婚式の3次会で、共通の友人がいることが分かったのです。おもしろいものですね。

少しの近況報告のあと、所得税の確定申告の話になりました。

「今年は3/14まで仕事で海外に行っていたから、あわてて15日に自転車に乗って税務署に行こうと思ってたんだよ。ところが、自転車の鍵が壊れててさ、いいや、今年は還付だから、後でもいいと思ってね」

偶然ですが、私の主人も3/14まで海外で仕事をしていました。

でも彼は、申告期限前に申告を終えています。

私が代わりに申告した、ということもありますが、それよりも、「電子申告」の存在が大きいのです。

電子申告で申告をしますと、給与所得の源泉徴収票をはじめ、年金の源泉徴収票、国民年金・生命保険料や地震保険料の控除証明書、医療費の領収書等が提出省略できるのです。

また、確定申告時期は24時間申告でき、土日もOKなのです(時差ボケでも大丈夫!)。

さらに、還付の場合は、非常に早く還付金が入金されます。

また、その時期は税務署が大変混み合いますので、税務署に行って申告する場合には長時間待たなくてはならないのです。電子申告すれば、待たずに申告できるのです。

Iさん、来年は是非電子申告をしてみて下さいね。

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第一印象

意外に、「第一印象」というものは、当たっていることが多いように思います。

できるだけその先入観にとらわれないように意識しているのですが、おもしろいものですね。

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次男のお気に入り

昨日、2歳の次男が、私の母から、木でできたバスのおもちゃのお土産をもらいました。

形は少しレトロな感じで、屋根に磁石がついていて、小さいボートがくっつくようになっています。

クルマ好きの彼は、たまらなく気に入ったようで、私が帰宅する前にも、誰にもさわらせなかったようです。

床に入るときにも離しません。

しかし、それは両手で持つくらいの大きさで、寝るのに邪魔になり、また、屋根のボートの磁石が離れ、布団の中に紛れ込んでしまいます。

お気に入りのおもちゃと一緒に眠りたいのに、手にもっていては眠れない。

眠気はどんどん彼に覆いかぶさってきます。

そこで、枕の上に置いて、じっと見ながら寝ようと思ったようです。

しかし、枕に置くと、今度は自分の頭が枕に載りません。

試行錯誤しながら、結局、眠気の方が勝ち、布団に置いたまま、眠ってしまいました。

その様子を見ながら、私は、これまでプレゼントにこれほど愛着を感じたことがあったかなぁ・・・と、少し反省しました。

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国語力

子どもの宿題をときどき見ることがあります。

算数でも、「1+5=?」というような、数式の問題だけではなく、文章問題もあります。

「茶色い馬が9頭います。白い馬が5頭います。どちらが何頭多いでしょうか」

この問題を解くには、「9-5=?」という数式の答え以前に、この文章を読んで、どんな答えが求められているのかを理解する必要があるのです。

つまり、「国語力」が、「算数力」の前に必要になってくるのです。

数字が2つあるから、足すか引くかすれば答えが出てくる、という考えでは、正しい答えは出てこないのです。

実際、社会に出てみれば、「馬」は茶色と白だけではなく、シマウマもいれば、仔馬もいたりして、「引っかけ」問題ばかりです。

その「引っかけ」問題に「引っかから」ずに、本質的な答えを出すには、まっすぐに自分の生き方の「筋」が通っていなければならないのではないでしょうか?

そして、それ以前の「練習」問題として、簡単な問題を、「国語力」を駆使して、迷いなく解いていく必要があるのではないでしょうか?

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ごめんなさい・・・「何気ない失言」

「何気ない失言」を公開していましたら、ある方より、「誰だれがこう言った」というようなことは書かない方がいいんじゃないの?という助言をいただきました。

そうですね。

自分が「大失言」をしている、という矛盾に、気づいていませんでした。

皆さん、ごめんなさい。

そんなわけで、「何気ない失言」は削除し、このお詫びの文章に代えさせていただきます。

すでに読んで、愉快な気持ちになれなかった方もたくさんおいでになることでしょう。

本当にごめんなさい。

コメントを書いて下さった方、ごめんなさい。

私の返答のコメントは削除させていただきます。

これからも、皆さんのアドバイスをいただきたいと思っております。

本当に申し訳ありませんでした。

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強くなるプロセス

つらいこと、苦しいことは、自分を強くしてくれる試練なのです。

だから、つらい中にあって自分の弱さが分かったとしても、悩む必要はないのです。

つらさを乗り越えられたら、強くなれるのです。

そのために、自分の弱さを知る必要があるのです。

困難は、強くなるためのプロセスなのです。

困難に立ち向かっている自分を、客観的に見ることができたら、すばらしいですね。

初めから強い人なんていないのです。

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専属の神様

最近、心の中に「モヤモヤ」なことがあると、それをすぐに払拭してくれるような出来事が起こるのです。

おもしろい!!!

私専属の神様がいるかのようです。

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帰納的アプローチと演繹的アプローチ

議論のアプローチの方法には、「帰納的アプローチ」と「演繹的アプローチ」があります。

「帰納的アプローチ」とは、経験の中から妥当と思われるもののエッセンスを抽出し、ルール化する、という手法です。

これに対し、「演繹的アプローチ」とは、普遍性をもつものがまず存在する、という前提に立って議論するもので、簡単に言えば「あるべき論」ということです。

どちらも、それだけでは、偏りが生じます。

バランスが大切だ、と思います。

私の個人的な意見では、帰納的アプローチを経て、演繹的アプローチにつながるほうが、より深い議論ができるような気がします。

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季節はめぐる

私の家の駐車場は、家から歩いて2~3分ほどのところにあります。

田舎に住んでいて、いいな、と思うのは、星がきれいに見えることです。

駐車場から家まで帰る時間の間に、大きな黒い空のキャンバスに、星座がはっきりと見えるのです。

去年の暮れあたりには、オリオン座が左側の方に見えたのですが、今は右側に見えるようになりました。

季節はめぐっているのですね。

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できない理由

できなかった理由をあれこれ言う人がいます。

しかし、それは単に「できなかった」だけのことなのです。

簡単な話なのです。

自分の実力がなかったか、努力が足りなかった、それだけの話なのです。

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日本のホワイトカラーの生産性

よく、日本のホワイトカラーの生産性は低い、と言われることがあります。

何と比較して低いのか、基準は明確ではありませんが、労働生産性の国際比較からの数字なのかもしれません。

しかし、仮にそうだとして、ここには、「顧客満足度」という視点での比較は考慮されていないのではないでしょうか?

例えば、国民1人あたりの弁護士数の日米比較をしてみると、アメリカは弁護士が350人に1人の割合なのに対し、日本では8,500人に1人なのだそうです。

訴訟に時間がかかる、というデメリットもあるかもしれませんが、裁判をしなくても普通に生きていける人たちが、日本には多い、つまり、訴訟を未然に回避できるような社会の仕組みができている、ということなのではないでしょうか。

つまり、「顧客」の視点から見た経営をしていくと、企業と個人の間の訴訟は少なくなるのではないでしょうか。

裁判に対する考え方の違いや国民性もあるのかもしれませんが、顧客満足度を追求していくと、相対的に、労働生産性は低くなるのかもしれません。

しかし、社会全体から見ると、「訴訟をする」という時間の「無駄」は排除されているのです。

皆さんはどう思いますか?

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眠れない夜

眠れないときには、どうやったら眠ることができるのでしょうね。

眠りたいのに眠れない、と思うと、余計に焦って眠れなくなってしまうのです。

いつ寝てもいいや、と思って、いろいろ楽しいことを考えましょう。

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一言の力

「一言の力」ってすごいものがありますね。

それを使いこなす人が、信頼を得るのでしょうね。

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「欲」と一言で言うと、あまりいいイメージがありません。

しかし、「今よりよくなりたい」という欲は「向上心」とも呼ばれます。

「もっと強く、長く生きたい」という欲は、「生命力」につながります。

周囲を明るくさせてくれる「欲」は、素晴らしい、と思います。

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拘束の価値

私たちの事務所で、もっともメインとしている業務は、「月次巡回監査」というものです。

それは、毎月、顧問先を訪問し、数字をチェックしながら、経営を取り巻くさまざまな部分を見たり聞いたりして、その顧問先がいい方向に向かうよう、ともに考える時間なのです。

一口に「経営」といっても、さまざまな面を持っています。

それは、現場に行ってみないと、分からないのです。

以前、「インターネットで帳簿を送ってもらって、それをもとに決算書を作る、という事務所もあるそうですよ」と言われたことがありました。

ネット社会ですから、そういうこともできるでしょう。

しかし、帳簿の数字は「過去」の数字です。

そこからは、過去のことしか分かりません。

税務署に提出する、という目的だけの決算書を作るのなら、それでもかまわないと思います。

しかし、現場に行けば、現状だけでなく、これから起こりそうなことも見えるのです。

何より、私たちが現場に行くと、その時間は他のことができません。

顧問先は、「拘束」する時間が持てるのです。

事務所でやるだけなら、いつ、自分の会社の仕事をやってくれているのか、分からないのです。

「拘束」というものも、付加価値になるかもしれません。

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片方聞いて沙汰するな

数年前、NHK大河ドラマで放映された『天璋院 篤姫』で、もっとも印象に残っているのが、

「片方聞いて沙汰するな」

という言葉です。

これは篤姫が母から教わった言葉で、状況判断をする場合に、片方の言い分を聞いただけでは本質がつかめない、両方の言い分を聞きなさい、ということです。

その言葉を素直に受け入れ、行動していったことが、彼女の人生を大きく変えたのではないのか、と思います。

物事には表と裏の両面があります。

また、「前提」というものも存在します。

それらを考えずして、本質を正しく捉えることはできないと思います。

ともすると、先入観、とか、自分にとって都合のいい方向に、「事実」を捉えたくなってしまいます。

そうなると、別な面を見ないうちに、物事を判断してしまいます。

しかし、片面だけでは、すべての面を見たことにはならないのです。

間違えないようにしたいものです。

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ひな祭り

今日は桃の節句。ひな祭りですね。

お内裏様とお雛様の飾り方、並べ方には諸説あるようです。

昔は左が右よりも重要とされていたため、左(向かって右側)にお内裏様を並べた、とか、近代になり、外交上の儀礼(プロトコル)に自然にならうようになって、右側(向かって左側)にお内裏様を置くようになった、など、さまざまな説があるようです。

私が以前聞いた話では、お内裏様の刀がないほうに、お雛様を並べるのだ、という説です。

お内裏様は自分の左側に刀を差すので、自分の右側にお雛様が来る、つまり、向かって右側にお内裏様が来る、という説です。

現代の日本では、帯刀することがなくなりました。

そこで、お内裏様・お雛様の並べ方も、そんなことを考えなくてもよくなり、変わってきたのかもしれませんね。

世界中が、銃や兵器のない時代になることを祈ります。

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食べるという行為

お客様として訪問したときに、お茶やお菓子を出していただく場合があります。

せっかくのお気遣いなので、できるだけ全部いただこうと思っています(食いしん坊ということも大いにありますが)。

しかし、相手の方も一緒にお相伴して下さればよいのですが、そうでなく、私だけいただく、というときには、恥ずかしさを感じてしまいます。

そういう気持ちは私だけではないようです。

以前、ある美術館の館長先生のお話をお聞きしたときにも、

「『食べる』という行為には、ある種の『獣性』が伴うもので、できるだけそれを感じさせないようにいただきたいものです」

と話しておられました。

食いしん坊でない方はいいのでしょうが、私のように食いしん坊ですと、1人だけ何かを食べる、ということは、それを見ている人に、自分の「食いしん坊」な部分を見られているようで、恥ずかしいのです。

それとともに、小さい頃、祖母などに、

「自分だけ食べると、角が生えるよ」

と言われたことも影響しているかもしれません。

しかし、そういうことも、豊かになったからこそ、感じることなのでしょうね。

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節目

3月になりました。

卒業の季節ですね。

4月には、うちの子どもたちも、進級します。

当事務所でも、新人が入ってきます。

社会人になると、なかなか「節目」というものを意識する機会がありませんが、自分以外の人の「節目」を活用させてもらうことも、いいかもしれませんね。

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