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国語力

子どもの宿題をときどき見ることがあります。

算数でも、「1+5=?」というような、数式の問題だけではなく、文章問題もあります。

「茶色い馬が9頭います。白い馬が5頭います。どちらが何頭多いでしょうか」

この問題を解くには、「9-5=?」という数式の答え以前に、この文章を読んで、どんな答えが求められているのかを理解する必要があるのです。

つまり、「国語力」が、「算数力」の前に必要になってくるのです。

数字が2つあるから、足すか引くかすれば答えが出てくる、という考えでは、正しい答えは出てこないのです。

実際、社会に出てみれば、「馬」は茶色と白だけではなく、シマウマもいれば、仔馬もいたりして、「引っかけ」問題ばかりです。

その「引っかけ」問題に「引っかから」ずに、本質的な答えを出すには、まっすぐに自分の生き方の「筋」が通っていなければならないのではないでしょうか?

そして、それ以前の「練習」問題として、簡単な問題を、「国語力」を駆使して、迷いなく解いていく必要があるのではないでしょうか?

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

同感です

例えば、かけっこで前から3番目、後ろから3番目、全員で何人で走っているでしょう。
の様な問いに対して、問題の意味を理解していないとつい「3+3」にしてしまう様です。

問題を解く速さやテクニックばかりが先行してしまいがちですが、小さい頃から問題の本質をとらえる習慣が必要なのだと思います。

仕事や普段の生活にも通じる部分があります。

投稿: fumi | 2010年3月24日 (水) 17時43分

fumiさん、コメントありがとうございます。
最近、つくづく感じます。
子どもの頃から、「答えだけ合っていればいい」という考えで育つと、「考えない」大人になる、と。
今は、考えなくても、インターネットが簡単に答えを教えてくれます。
何かを買い忘れても、コンビニで深夜や早朝でも用が足せますし、テレビのチャンネル争いをしなくても、一家に何台もテレビがあったり、録画をして、後で見る、ということもできます。便利ですよね。
でも考えたり悩んだりしないと、安易に答えが得られることに慣れてしまうように思います。それが本当にいいことなのかどうか、疑問に思います。

投稿: miho | 2010年3月24日 (水) 18時13分

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