« 2011年2月 | トップページ | 2011年4月 »

2011年3月

女川、石巻

今日また米沢から帰って石巻、女川でいろいろな用事を済ませました。 いろいろな方にお会いして、状況をお聞きしました。 この震災から3週間経ちました。 女川も石巻も、地盤が1メートル以上下がり、以前道路だったところが海になっていました。 明日写真をアップしたいと思います。 週刊朝日に、女川のサンマを有名にした水産加工会社の社長の話が掲載されています。父の学校時代からの友人でもあり、お客様でもあります。 是非ご覧ください。

| | コメント (1)

子どもたち

そろそろ新学期です。

女川町内の学校や保育所では、地震の時、先生方が避難させてくれており、子どもたちは無事でした。

しかし、保護者が行方不明ということがあります。

まだ保護者に出会えていないことがあるのです。

親戚の方が、子どもたちを探してくれたら、と思いますが、・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

明日は3月31日です。

3月決算法人は、明日が決算日です。

3月決算に限らず、被災した会社・個人宅でも、被害状況を写真に撮っておいてください。

損害保険等の申請や、法人・個人の税務申告に必要になることがあります。

つらいかもしれませんが、後々、自分のためになるかもしれないと割り切ってお考えください。

また、生保・損保も、今回の震災に関しては、通常の約定とは異なった取り扱いをする場合があります。

約款では対象になっていない場合であっても、今回は特別、ということもありますので、ダメモトでお問い合わせください。

| | コメント (0)

被災ホームレス

そろそろ長女も新学期を迎えることになりますので、早めに自分たちの「住所」を決めなければなりません。

お客さまからもどんどんお問い合わせが来たり、また、こちらからも出向いて相談に乗ったりお手伝いしていかなくてはなりませんので、早く地元に戻らなくてはならないのです。

専門用語でいうと、「住所」ではなく、「居所」という表現になるのかもしれませんが、昨日今日と石巻に戻って、事務所のことと同時並行でアパート探しをしましたが、まったく物件がありませんでした。

これまでアパートに住んでいた方が被災して、別のアパートに入っているというケース、私たちのように家が流されてしまったケース、持家で家が残っていても、浸水や水没でしばらく住めない状態であるケース、などなどで、アパート需要が急激に高まったからです。

私たちは避難所で1週間過ごしてきましたが、そこではまったく通信手段がなかったために、出遅れてしまいました。

しかし、今後、避難所になっている学校も、新学期が始まると、被災者の方に教室や体育館等から出てもらわなければならなくなります。

仮設住宅など、まったく間に合いません。

親戚や友人にお世話になれる方がいれば、しばらくの間は何とかなるかもしれませんが、そういう人がいない場合や、そういう人たちも同じような状況の場合は、どうすればよいのでしょう?

遠方の親戚の家でも、そこまでの交通手段が寸断されています。

ガソリンも、1日並んでも供給量が限られています。しかし、車があるところはまだいいのです。

車も流された、水没して使えない、という方もいるのです。

私たちは、家を探しながら、叔母の家にしばらくお世話になることにしました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

実際に離職していなくても、休業により給料を支給されない場合には、失業給付を受けることができます。

以下をご覧ください。↓ ↓

「失業給付特例措置」

| | コメント (2)

偶然生かされている自分

今日は石巻にいったん戻りました。

事務所は、今日電気が通りました。が、床上浸水でしたので、床に設置してあるコンセントは使えません。

水道は流れるようになりましたが、ちょろちょろということもあります。

固定電話も一部使えるようになりました。

お客様からの電話がけっこうかかってきます。

相談でいらっしゃるお客様もいらっしゃいます。

叔母の家に泊まりましたが、叔母の家も夕方から電気が通りました。

水はまだなので、近くの公園にある仮設トイレを使います。

一緒に戻った主人が、

「偶然、生かされているよね。」

と話していました。

そう強く思います。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

中小企業庁より、「中小企業向け資金繰り支援策ガイドブック」 が出されました。

是非ご覧ください。

| | コメント (1)

被災全世帯に10万円無利子貸付

厚生労働省が、東北関東大震災の被災全世帯に、当座の生活資金として、被災全世帯に対し、10万円を無利子で貸し付けることにしたそうです。

特別の場合については、20万円とのことです。

詳細は、↓ をご覧ください。

生活福祉資金貸付(緊急小口資金)の特例貸付について

その他、TKCで、さまざまな情報をまとめてアップしています。

是非ご覧ください。 ↓ ↓

http://www.tkc.jp/jishin/link.html

| | コメント (2)

東北関東大震災2週間

東北関東大震災の地震から今日で2週間経ちました。

あっという間の2週間でした。

まだまだ避難所生活を強いられている方や電気・水道が復旧していない状況です。

女性起業家の先輩から、おむつの代用法が掲載されているサイトを教えていただきました。

避難所にいらっしゃる方は直接見ることはできないかもしれませんが、ボランティアの方やご親戚の方に見ていただければ、と思います。

だっことおんぶログ :レジ袋でおむつを作る方法
http://ameblo.jp/babywearing/entry-10830384940.html

そんな中、地元にいる企業経営者の友人からメールが来ました。

> 今日は商工会議所 主催の 石巻産業復興会議
> というのに行って来ました。
>
> 商工会議所の3Fはまだ電気がなく、薄暗がりで、メガホンでの会議でしたが入りきれないくらいの人で市長、会頭はじめみんなでガンバっと〜!
> とやってきました。
>
> 被害のなかったN君、Hちゃん、Kさんたちはボランティアしてるし、Mさんたちはなんやら、NPOの受け入れセンターを市役所内の店舗に作った様子。
>
> うちの会社はほぼ壊滅状態ですが、明日全体会をして、復活の狼煙をあげるつもり。
>
> 愛する町がボチボチ復興にむけて動きだしてます!
> ほんじやー、また。

私も在籍していた石巻JCの先輩や友人が頑張っているようです。

長女の通う小学校からも、担任の先生から、始業式の日程の連絡がありました。

私も来週、帰ってみたいと思っています。

子どもたちは妹と母が見てくれるとのこと、ありがたいですね。

| | コメント (0)

阪神淡路大震災被災者の方から

この度の大震災に当たり、たくさんの皆さんからコメントやメールをいただいています。

20年も会っていない、年賀状のやり取りもしていなかった大学時代のゼミの同期の仲間や大学院時代の同級生などが、私のことを心配し、ネットでいろいろ検索してくれ、このブログに行き着いた、とのことで、本当にありがたいことだと思います。

そんな中、同じ町内に住むお客様から携帯電話に連絡がありました。

そのお客様は、海岸に面したところに飲食店と自宅があり、やはりお店と自宅が津波で流されたのですが、今日、自宅のあったあたりを歩いてみたところ、私名義の普通預金の通帳が入ったバッグが見つかった、というのです。

非常にびっくりしました。

私も、何かそこで生活した証がないかと、自宅付近を探してみたのですが、何にも見つかりませんでした。

自宅近辺で見つかったものがどこの家・会社のものかと目星をつけ、波がどのように動いたのか推測したりもしましたが、結局あまり役には立ちませんでした。

私の通帳が見つかったところは、直線距離にして4kmくらいあるでしょうか。

電話をかけて下さった方は、「中身は見ていない」と言って下さいましたが、仮にそうであっても恥ずかしいものですね。

私たちは、常にお客様の通帳を見ているのですが、反対の立場になると、いろいろ考えさせられます。

そのお客様に、お手数をおかけしますが、保管しておいてください、とお願いしました。

同業の仲間に、阪神淡路大震災で1ヶ月避難所生活を余儀なくされた方がいます。

彼からメールが来ましたので、ご紹介いたします。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

> ライフラインの復旧が完全ではないので、沢山の御不便があるかと思いますが、
> 皆様のいち早くの復興を心から、お祈りしております。
>
> 阪神大震災の時は、電気は比較的早くに復旧しましたが、ガスの復旧が一番
> 遅く苦労しました。私も震災の時は、この状況で復興するのか?と暗い気持ち
> になりましたが、皆の思いが一つになり街は少しずつ復興していきました。
> 震災の規模が大きいですし、暗くなってしまうと思いますが、前を向いて進んで
> 行ってほしいと心より願っております。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

経験者の方のお話は非常に説得力があります。

言葉は少ないですが、その思いを被災者で共有したいと思っています。

| | コメント (0)

東北関東大震災被災事業者への支援策

地元でも少しずつ携帯電話がつながるようになってきたこと等もあり、多くの先輩やお客様、友人たちから電話やメールをいただいています。

関東近辺では、すでにガソリンは今日あたりで十分供給されてきているようですが、地元ではまだの様子です。

ガソリンスタンドでの長蛇の列によって、救急車や緊急車両の通行の妨げになるとのことで、警察から禁止との通達まで出ているようです。

しかし、仙台を拠点とするガソリン卸大手が、2~3日後にはガソリンの流通がスムーズにできるようになる、との情報も出てきているようです。

このような情報も、通信や電気がまだ機能していない地元には、なかなかすぐには伝わってこない、というのがもどかしいです。

Googleの「Person Finder」にしてもしかり、です。

そんな中、中小企業支援策が少しずつ出始めています。

融資や休業中の雇用に関しての支援策、税制などです。

TKC全国会で、支援策をまとめましたので、皆様にご報告いたします。

中小企業支援策ダウンロード 

日本政策金融公庫

七十七銀行

宮城第一信用金庫

杜の都信用金庫

雇用調整助成金

早くこれが使えるような状態までに復旧していくことが、当面の課題です。

| | コメント (1)

東北関東大震災被災者への個人レベルの物的支援

多くの皆さんがこのブログをご覧になり、コメントやメールを送って下さり、大変うれしく、心強く感じます。

地元に残っている事務所の職員から携帯メールや電話をもらいますが、まだまだ状況は良くなっていないようです。

電気・水道はまだ一部しか通っていないようです。

もちろん固定電話はまだまだ先のようです。

携帯電話も少しずつ使えるようになっていますが、全地域ではなく、また、つながっても電波状況が悪く、聞こえづらいようです。

ガソリンも、何時間も並んでようやく10リットル、というような状況です。

彼らのために宅配を送ろうと思いましたが、宅配の会社も営業所までは送ってくれるのですが、個人宅まではまだのようです。

しかも、市内の営業所は津波で流され、閉店している状況です。

仙台支店留めというところが多く、近いところでも、車で行かなくてはならない距離です。

しかし、営業所まで取りに行くにも、ガソリンが必要なのです。

皆さんも、同じような思いでいらっしゃると思います。

大手の宅配会社は無理だと思いましたので、明日、個人経営の運送会社のネットワークに連絡してみたいと思います。

今日、フィンランドの方から、「水のいらない乳児用のミルクを送りたい」とコメントがありました。

「桜」さん、ありがとうございます。

まだまだミルクは不足していると思います。

また、私もそうでしたが、子どもが夜に泣いたりしますと、避難所で一緒に過ごしている方に迷惑をかけているのではないかと、お母さん方が非常に肩身の狭い思いをしているのではないかと思います。

「桜」さんが、受入先や運送会社を探していらっしゃる、ということで、調べてみました。

宮城県の災害支援企業の一覧が掲載されていました。 ↓  ↓

http://www.pref.miyagi.jp/kikitaisaku/torikumi/taiseikyouka/mokuroku_list.pdf

こちらにお問い合わせいただければ、何とかなるのではないかと思っています。

「桜」さん、どうぞ、よろしくお願いいたします!!

皆さん、よろしくお願いいたします!!

| | コメント (4)

東北関東大震災5

避難所で約1週間過ごしましたが、そのときに感じたことをここで述べたいと思います。

◆避難所

私たち家族が避難していたところは、小学校の図書室の近くの廊下でした。

そこは数家族が避難していましたが、体育用のマットを敷き、脚を伸ばして眠ることができる広さがありました。

また、そこには、いろいろな学校教材(絵本・図書・画用紙・クレヨン・ブロックなど)がたくさんあり、隣り合って避難していた子どもたちとうちの子たちは、その教材で遊ぶことができました。

しかし、町の総合体育館の避難所はたくさんの被災者が詰めかけており、1畳くらいのスペースに5~6人が脚を縮めて過ごすような状態だったようです。

そのため、時々、大人どうしであってもいさかいがあったり、子どもたちも天気が悪ければ外で遊ぶこともできず、ストレスがたまっているのではないかと思いました。

暖房器具が避難所に届いたのは、地震から6日目でした。

雪が降る日も多かったのですが、被害が少なかった方が毛布を差し入れしてくれるまでは、教室のカーテンを外して毛布代わりにしていました。

寒いだけでなく、床も堅いので、なかなか眠れませんでした。

私たちの年代でもそう感じるくらいですので、高齢者の方がたは、もっと大変だと思います。

その結果、避難所生活が長引けば、体調を崩す方も出てくることは必至です。

またウイルス性の病気などですと、非常に大変な状況となってしまいます。

トイレも簡易トイレで、プライバシーというものは全くなく、我慢する人も多いのではないかと思います。衛生面でも、水が使えないため、手を洗うことができず、消毒用アルコールを使っていました。

さらに、私たちの避難所は、救援物資の拠点になっていましたので、それでも比較的早く物資が届きましたが、リアス式海岸の入り組んだ浜の地域では、救援物資を運ぶこと自体がなかなか困難で、何日も物資が届かない状態だったようです。

◆子どもたちの生活用品

長男は、保育所のお昼寝の時間に避難しましたので、パジャマ姿に上着を着、靴下を履くような時間はありませんでした。

また3歳の次男も、私の母がおんぶして避難してくれましたが、靴下も靴も履かせる時間がありませんでした。

次男はまだおむつがとれていないのですが、救護室に行っても、大人用の尿取りパッドでおむつ代わりにしてください、と言われ、1回につき2枚手渡されました。その尿取りパッドに、長女の学習教材からほどいた紐をお腹に回し、おむつにしました。

が、何度も失敗し、ズボンを濡らしました。

長女の体育着を長男と代わりばんこに穿かせてしのぎましたが、それでも間に合わないときは、上着の袖に脚を通してズボン代わりにしました。

子どもたちの着替えが足りないのです。

ようやく道路が何とか通れる状態になったとき、主人がスーパーに買い物に行きましたが、そこでは1人5品までと言われ、主人は2回、何時間も列に並びました。そこで何とか、パンツ型の大人用のおむつを入手できました。

そこでも、被害が比較的少なかった方が、娘さんたちのお下がりをとっておいたものを差し入れして下さったり、また、衣類の救援物資が5日目くらいに到着しましたので、その中から選びましたが、同じサイズを探すことは非常に困難でした。

3日目までは、子どもたちに食べさせるものも、私たちに配給されたものを蓄えていたものを小出しにしていましたが、それでも足りなくて、救護室に粉ミルクはないかと尋ねました。

なめさせるだけでも急場をしのげるかと思ったのです。

しかし、そこでは、ミルク用のお湯は提供できるがミルクはない、と言われました。

乳児を抱えている家庭では非常に困難な状況だと痛切に感じます。

◆安否情報

私は昨日、避難所から妹宅に来ましたが、今、本当に後悔していることがあります。

それは、まだ避難所にいる家族の方のご親戚や友人の方の連絡先を控えてきていれば、こちらで、その方に安否を連絡できるのに、それをしないで来てしまった、ということです。

少しずつ、公的なネット情報で、避難者のリストや安否情報が伝えられてきていますが、そういう情報手段を持ち合わせていない方等にとっては、心配が途切れない状況だと思います。

これから避難所に行くことがある方は、是非、知り合いであるなしにかかわらず、そういう情報を被災者の方にお聞きになっていただければと思います。

物資の補給も重要ですが、情報の提供もそれと同じくらい重要ではないかと思います。

◆今後に向けて

私は自宅が津波で流されました。

お客様や友人で、家族や従業員が亡くなったり、行方不明だったりするところも多いです。

また、社屋や工場が流されたり倒壊したりするところや、水産加工会社ですと、原料自体も流され、確保ができないところも多いのです。

しかし、日本全体、世界の各国で応援して下さっています。

戦争当時のことを考えたら、まだ状況はいいほうかもしれません。

時間がどれくらいかかるか分かりませんが、常に前向きでいれば、必ず、復興できると信じています。

皆さん、頑張りましょう!!

皆さん、よろしくお願いいたします!!

| | コメント (8)

東北関東大震災4

Hune

私の家は、港から2kmほど離れているのですが、あるはずのない船が、津波で流されてひっくり返っています。

船員さんたちはそのとき乗っていたのでしょうか。

Heikoputa

自衛隊のヘリが毎日救援物資を運んだり、生存者ががれきの中にいないか、探すために、隊員を派遣しています。

Jieitai

初日から3日目まではほとんど食料の救援物資が届きませんでした。

道路ががれきで埋もれ、車が通行できない状態だったからです。

自衛隊自体も浸水し、当初、動きがとれない状態だったようです。

地元の水産加工会社で何とか倉庫が無事だったところの在庫を、被災者にすべて提供し、何とかしのいでいけました。

また、町の職員や学校の教職員の方々が、滅私奉公で、自分の家のことも顧みずに、避難所でお世話をして下さいました。

ちょうど学校は授業が終わったところで、帰宅途中か帰り支度のときだったので、帰宅途中だったら大変でしたが、まだ生徒が学校にいるときでしたので、先生がたが保護して下さいました。

また保育所でもお昼寝の時間だったのですが、パジャマ姿のまま上着を着せて、避難所まで幼い子どもたちを引率して下さいました。

本当に感謝のことばをどれだけ述べても尽きません。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

避難所では、電気・水道・電話・携帯電話はまったく使えませんでした。

公共の情報は唯一、ラジオでしたが、安否情報を求めて、たくさんの方が「連絡してください」とラジオ局に問い合わせしている様子が分かりました。

しかし、被災地ではその手段がなく、非常にもどかしい思いをしている方が多いのではないかと思いました。

私は、妹がGoogleで情報を収集してくれていましたが、それもやはり、情報の根源で通信手段がないと機能しません。

私は、避難所で隣り合った家族のところに、石巻市の友人が来ていたので、その方の話を聞いていましたら、何とか携帯電話がつながる場所がある、と言っていましたので、その方に、妹の連絡先と伝言を託しました。

その方が、妹の携帯電話に連絡してくださいましたので、他の妹たちや主人の実家にも、無事を伝えることができました。

妹たちは、本当にその方の連絡が心の支えだったようです。

また、詳しいことについては、ハガキを書き、取材の新聞記者を乗せてきたタクシーの運転手に、仙台に戻るかどうかを尋ね、仙台で投函してもらえるよう、お願いしました。

そのハガキも、無事に、妹宅や同業者団体に到着しました。

本当に、皆様のご厚意に感謝申し上げます。

| | コメント (0)

東北関東大震災3

Jitaku1

自宅の跡を、父と主人と一緒に見に行きました。

かろうじて、門までの階段と塀の土台が残っていました。

Daidokoro

父がいつもくつろいでいた場所です。

横になっていた長椅子もTVもありません。

Genkan

玄関先の敷石と植木が少し残っていました。

その日の朝、どんな気持ちで家を出たのか、必死に思い出そうとしています。

部屋にどんなものがあったのか、記憶の限りを尽くしています。

Gaitou

夜になると灯りを灯してくれていた庭の外灯も、折れて根っこだけが残されていました。

Jitakukara

Jitakukara2

どこを探しても、何も見つかりませんでした。

| | コメント (2)

東北関東大震災2

Ekimae

JR女川駅近辺です。

Hoikusyokinpen

長男が入っていた保育所の近くです。

本当は次男も4月から入る予定でしたが、まったく建物が残っていません。

Makisen

向かって左側の高台に墓地があるのですが、電車の車両がその上に乗り上げています。

Onosaka2

長女の通う小学校への坂道です。

標識や街灯が倒れています。

Onosakakara

以前何があったのか、まったく想像できません。

| | コメント (0)

東北関東大震災1

皆様に大変ご心配をおかけいたしております。

3月11日より今朝まで、私の住む女川町の避難所に避難いたしておりました。

昨晩、妹の夫が避難所まで迎えに来、今は米沢市にある妹宅におります。

家族は奇跡的に全員無事です。

職場は床上浸水となりました。

女川町は壊滅状態です。

いまだ、町民の半数が行方不明となっております。

また石巻市の沿岸地域、海に面した市内の地域も、大変な被害を受けております。

私の自宅も津波で流され、何もなくなりました。

何か私たちがそこで生活していた証がないかと、探しに行きましたが、何にも、本当に何も残っていませんでした。

お客様も大変な状況です。

町内ががれきの山で、まずそれを取り除かないと、事業の再開のメドが立たない状況です。

Wasinokami1

私の通勤路です。建物がほとんど崩れています。

Wasinomaki2

初日は行けるところまで行って避難しましたが、子どもたちと別の場所でしたので、2日目に子どもたちが避難していると考えられる場所に向かいました。

徒歩で3時間かかりましたが、その間に津波がまた来るのではないかと本当にヒヤヒヤしながら歩きました。

Wasinomaki3

Wasinokami4

正面は女川湾で、津波はここから来ました。

Tyourituhp   

病院の裏口に、波で流されてきた軽自動車が突っ込んでいます。

| | コメント (0)

内と外

内向きと外向きのバランスって重要ですよね。

「内向き」が、「自己保身」につながってしまうと、要注意です。

また、「外向き」が、「内部に対する攻撃」につながってしまうのも、注意!です。

内向き=自己改革、外向き=客観的な視点、となるのが理想ではないかと思うのですが・・・

| | コメント (9)

サラダの不在

先日、子どもたちと某大手ハンバーガーショップのテイクアウトで、お昼をいただきました。

すると、親の分としてサラダセットを買ったはずなのに、サラダがありません。

レシートを見てみると、確かにサラダも代金の中に入っています。

主人はぶうぶう言っています。

私はレシートに書いてあった電話番号に電話してみました。

すると、「大変申し訳ありません。今、すぐにお届けします」

そして、「すみませんが、私はこのへんの土地の者ではありませんで、地理がよく分かりませんが、近くに目印になるようなものはありますか」

ということで、名前と電話番号を聞かれました。

20分ほどして、電話がかかってきました。

「今到着したのですが、どちらにいらっしゃいますか?」

そして、足りなかったサラダを手渡されました。

主人は、「すごいね」

何がすごいかというと、届けに来たお店の方の対応が(すごい)、ということもさることながら、もうお店を離れたにもかかわらず、電話をかけた私の図々しさが(すごい)、ということを含んだ言い方です。

そう言いながら、届けてもらったサラダを食べています。

「サービスにうるさい人がいると、お店も大変だね」

と言って、コップをがちゃんと置いたことに腹を立てた人に謝罪しに、広島から名古屋まで行ったお店の方の話をし、そのことがある種伝説のサービスのようになっている、というような含みを残しました。

私は、「いや、今日のことはサービスではないんじゃない?だって、もともとお金を払ってあるものなのだから、それを袋に入れなかったのはお店のミスであって、そのミスがなければ、わざわざここまで届けることはしなくていいのだから。私はサービスにうるさいというわけでなく、当たり前のことを言っているだけだと思うよ」と主張。

めずらしく、主人は納得。

そうは言っても、すぐに対応してくれたのは、やはりマニュアルが徹底しているからなのかな、と感じました。

地元のお店が、大手資本に対抗するには、マニュアル以上のサービスが必要だと思うのですが、時々、がっかりすることも、確かにあるのです。

| | コメント (2)

堅いふた

私の得意技は、「堅いビンのふたを開けること」です。

私自身は体が小さく、スポーツが得意だというわけではないのですが、家族が、「このビン、堅くてふたが開けられない」というときに、ひょいと開けることができるのです。

家族が「へぇー、すごい」と感嘆する顔を見るのも、快感です。

しかし、ただ私の力が強いというだけではないような気がするのです。

家族が、堅いビンを開けよう、開けよう、と力を入れているときに、少しはふたが開きかげんになっているのではないかと思うのです。

そして、結局自分たちの力では開かないので、私にお鉢が回ってきて、私がぐっと力を入れると、ぱっとふたが開く、ということではないかと思うのです。

「おいしい部分」は、意外と、「あきらめるか、あきらめないか」だけの差だったりするのです。

| | コメント (0)

衣と食

ある親しいレストランのシェフが、いつだったか、こんなことを言っていました。

「食べ方とか、食事後のお皿を見ると、だいたい、その人の味覚の加減が分かる」

また、お茶の先生は、こんなことを言っていました。

「お着物やお洋服のセンスで、その人が、お料理が上手かどうかが分かる」

普通はまったく関係ないようなことに感じられますが、よく考えてみると、なるほど、と思うことがあります。

味が分かる人は、どのような食材や調味料、調理方法でその味が出ているのかが分かる人ではないかと思います。

そのような人は、おいしいものは、それなりに、食材の調達や扱いが大変なことや、調理に時間がかかることを知っています。

すると、テーブルに肘をついたり、かっこんだり、見苦しいお皿のまま食事を終えたりすることはないのです。

また、身にまとうもののセンスがいい人は、色や素材の組み合わせのセンスがいいということであり、それは味や料理の見た目・盛り付けにも活かされる、ということではないかと思います。

まぁ、今の時代は、前者(衣のセンス)>後者(食のセンス)、なのでしょうが・・・

そういう目で見ている人がいると思うと、緊張しますね。

| | コメント (0)

新たな出会い

今日は、ある商工会の税務援助の日でした。

商工会でも、電子申告にチャレンジしています。

今日は消費税も合わせると、6件電子申告できました。よかった!

うちの事務所のお客様にはないような業種もけっこうあります。

それが特殊な税額計算をするようなものの場合もあります。

そういう出会いが、けっこう楽しかったりするのです。

| | コメント (0)

7段飾りのお雛様

今日は桃の節句で、ひな祭りですね。

お雛様とお内裏様の並べ方については、去年、このブログでご紹介しました。 ↓ ↓

http://mihooffice.cocolog-nifty.com/blog/2010/03/post-fff8.html

この時期、お客様のところに何度も足を運ぶことが多いのですが、数年前、あるお客様のところに伺った時、7段飾りのお雛様が飾られていました。

そのとき、我が家では、長男もいたずら盛りだったこともあり、私たちが小さい頃に買ってもらったお雛様があるにもかかわらず、7段飾りは飾っていませんでした。

それで、久しぶりにきれいに飾られたお雛様を見て、ものすごく華やいだ気持ちになりました。

「いいですねぇ~、うちではいたずらっ子がいるので、まだまだ飾れません」

と言うと、そのお客様は、

「子どもでもね、『いたずらしないで見るものなのよ』と言えば、ちゃんと言うことを聞くと思いますよ」

とおっしゃいました。

その方は、小学生などにも日本の文化を教える機会が多いので、きっと、そうだと思います。

心配症なのは、大人の方なのかもしれませんね。

| | コメント (2)

石巻地域観光フォーラム

何だか最近、主人の宣伝になってしまっているようですが、今月9日に、石巻専修大学にて、「石巻地域観光フォーラム」が開催されます。

先日完成した映画「エクレール・お菓子放浪記」の石巻地区の事務局長をした関係もあり、それが観光にどういう効果をもたらすのか、という内容ではないか、と推測しております。

私も聴きに行こうと思っています。

皆さん、応援してくださいね(映画の方も!!)!!

<<< 石巻地域観光フォーラム ~ まちの魅力の再発見 ~ >>>

◆日時/平成23年3月9日(水) 13:30~17:00(開場13:00)

◆場所/石巻専修大学 5号館 5301教室

◆内容/ ○講演 「映画『エクレール・お菓子放浪記』のまちづくり効果」

        石巻専修大学 准教授 丸岡泰氏

       ○講演 「フードツーリズムと石巻」

        石巻専修大学 特命教授 大森信治郎氏

       ○意見交換 コーディネーター 石巻専修大学 准教授 石原慎士氏

       ○参加者交流会 いしのまきスイーツコンテスト出展作品の試食を通して交流

◆主催/ISプロジェクト(石巻専修大学・石巻信用金庫)・宮城県東部地方振興事務所

◆後援/石巻市・東松島市・女川町・(社)石巻観光協会・東松島市観光協会・女川町観光協会・石巻広域圏商工会議所・商工会連絡協議会

入場は無料です!

皆様のおいでをお待ちいたしております!
(一緒にお菓子を食べたいですね)

申し込みは、以下の申し込み用紙でお願いいたします。

案内状ダウンロード

申込書ダウンロード 

| | コメント (0)

楽しいお払い箱

今日から3月です。

うちの3人の子どもたちも、進級、入園が間近になってきました。

末っ子の次男も、4月から保育所の年少組に入ります。

長男は今、年中組で、3月下旬の年長組のお別れ会で、鼓隊演奏をするため、毎日練習しているようです。

長男は大太鼓を担当するとのことです。いよいよ年長組になります。

長女は今度小学3年生になりますが、リコーダーや毛筆などをやることになり、楽しみにしているようです。

子どもがようやく全員保育所・学校に行くことになるので、これまで家でお世話をしてくれた母に、「あと1ヶ月。これまでありがとうございました。お疲れ様でした」と伝えました。

隣町に住む叔母も毎日、家に来て、いろいろお世話をしてくれているのです。

「のぶちゃん(次男の名前)が保育所に入ったら、私たちはお払い箱だね」

と冗談で話していたそうです。

来年あたり、子どもたちが保育所や学校の生活に慣れた頃、母と叔母は憧れの地に旅に出る、とのことです。

「今から言っておかないとね」

お払い箱も楽しそうですね。

| | コメント (0)

« 2011年2月 | トップページ | 2011年4月 »