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方丈記

TVや新聞などで、「2000年前にも同じような地震があった」「地層に1000年前の津波の跡があった」というような報道を見ます。

昨日、ある研修でお聞きしたのですが(受け売りですみません)、鴨長明の「方丈記」に、その時代、毎年のように大災害が起きていたということが記されているそうです。

「方丈記」の冒頭の文、「行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。・・・」は、中学校あたりの古典の時間に習ったと記憶していますが、恥ずかしいことですが、その後の文は読んだことがありません。

「安元の大火」が1177年、「治承の辻風」が1180年、「養和の飢饉」が1181~1182年、「元暦の地震」が1185年、と、次々に大災害が起きていた様子が書かれているそうです。

「元暦の地震」の章には、津波のことも書いてあります。

余震も3ヶ月ほど続いたようです。

しかし、この章の最後のくだりに、

「すなはちは、人皆あぢきなき事を述べて、いささか心の濁りも薄らぐと見えしかど、月日かさなり、年経にし後は、ことばにかけて言ひ出づる人だになし。」

とあります。

現代語に訳すと、「この地震の当座は、人は皆、世のはかなさを言いたてて、いささか執着心なども薄らぐように見えたが、月日がたち、年を経るにつれて、そのことを口にする人もいなくなった。」(お茶の水女子大 三木紀人先生)

1000年に一度の地震で、今生きている私たちの世代の次には、1000年後の世代が経験するのでしょうから、その間の世代には関係ないことなのでしょうか?

地震でどんなことが起きたか、それに対し、どんなことがなされたか、人々の心はどう変わったか、それは、1000年後の子孫が、直接、地震や津波の難を逃れるため、ということだけでなく、誰にとっても、生き方について考えることにつながるのではないかと思うのですが、いかがでしょうか?

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