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2011年7月

かき氷から浜辺の記憶へ

先日、子どもたちとかき氷を食べていたときのことです。

かき氷を食べているとき、頭がキーンと痛くなる、などということを考えていましたら、中学生のときのことを思い出しました。

夏休みは毎日部活があり、帰りに制服のまま、先生に見つからないように、近くの食堂にみんなで入り、かき氷を食べたことがあったな、というようなことです。

すると、さっそく、子どもたちから質問が。

「なぜ、先生に見つからないように、なの?」

「制服を着たままだったからね」

「なぜ、家に帰って着替えてこなかったの?」

それには理由があります。

同じ中学校に、半島の沿岸部から来ている子たちがいたからです。

そこは、バスで30分くらいかかる場所でした。

その子たちが家に帰って着替えて、また戻ってくるとすると、1時間以上かかります。

バスはそんなに多く走っていなかったので、待ち時間を考えたら、もっと時間がかかります。

そういえば、部活が休みの日、彼女たちの家の近くの海に泳ぎに行ったことがありました。

彼女たちは潜るのも得意で、生きたままのウニを取ってきて、殻を割って、砂浜で手づかみで一緒に食べました。

それまで私はウニは食わず嫌いだったのですが、ものすごくおいしくて、大好物になってしまいました。

あの海は、今は穏やかになっているとは思いますが、周囲も住む人たちも、まったく状況が変わってしまっていることでしょう。

悲しいことです。

私の家のあった場所も、夏の早朝には、朝もやの中で、蝉がしゅわしゅわと、バイオリンのピアニッシモの音合わせのような鳴き声を奏でていましたが、今もそうでしょうか?

今の家では、朝の蝉の声は聞こえません。

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ブラックホール

今日、車に乗っているときに、ラジオを聞いていましたら、「子ども電話相談」というのをやっていました。

夏休みで、子どものいろいろな疑問に、専門家が答えるというものです。

初めは、「バッタはなぜ跳ぶの?」「チーターは1頭で狩りをするのに、なぜライオンは群れで狩りをするの?」という疑問でした。

それらは、結局のところ、「生存するためにそうなっている」ということで、それぞれの生物の特性や環境によって、進化や生活の仕方が形成されてきたのであり、私でも、ある程度予測がつくものでした。

次の質問は、

「ブラックホールはなぜ見えないの?」

という質問でした。

私はまったく分かりませんでした。

先生の答えによると、ブラックホールは星の一種で、ものすごく重く(角砂糖くらいの体積で地球1個分ぐらいの重さとのこと)、引力が強いために、光がものすごい速さで引っ張られてしまうので、光が見えないのだ、ということでした。

あぁ、そうか、と思いました。

私たちが光として見ているのは、光が切れ目なく通っている(先生の答えだと、地球に引っ張られている)「場面」を見ている、ということなのですね。

「○○光年」という言葉が、星と地球とのはるかな距離を表している、と以前聞いたとき、「あの星が発している光は、○○年前に放たれた光だ」ということをさらに知り、自然というものが、はるかに自分の想像を超えている、と感じたものです。

神がつくったものなのでしょうか?

そうであれば、ブラックホールの引っ張る速さで、かけがえのない人たちを失ってしまったたくさんの心に救いを与えてください、とお願いしたいです。

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前例がない自由

まったくこれまで前例がなかったことが、業務の中に出てきています。

ある程度、税法やその他の法律で救済されている部分はありますが、まだまだ、現実に追いついていない部分もあります。

というか、この先、どうなっていくのかも分からないのです。

ですから、業務に限ったことではないと言えます。

阪神・淡路大震災と共通する部分も確かにあります。

しかし、そうでない部分もかなり存在しています。

人々の価値観が変わり、まったく違う世界になっていくかもしれないのです。

マイナスイメージがプラスに変わり、プラスと思われていた部分がマイナスになるかもしれないのです。

いや、もうそうなっている部分もあります。

前例がない、ということは、前例にこだわらなくてもいい、ということかもしれません。

自由ですが、勇気と柔軟性も必要ですね。

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戦略経営者8月号

㈱TKCで発行している、「戦略経営者」8月号に、当事務所のお客様が掲載されています。

「震災に立ち向かう経営者たち」というタイトルです。

が、内容は、経営のあり方や経営者の姿勢というものを考えさせられるものになっています。

お忙しい中、取材に応じていただきました。

本当にありがとうございました!!

読んでみたい方は、私までご連絡ください。

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迷い不要

先日、税務支援会場で、隣の担当者のところに来た納税者の方が話しているのが聞こえました。

石巻市内の水産加工会社にお勤めしている方でしたが、津波が来て、工場の機械が水没してしまったときに、すぐに、機械のメーカーに連絡をして、修理や代替機の手配をしたそうです。

従業員の方たちは全員その場で解散したそうですが、何人かは途中で津波に遭ってしまったかたもいたそうです。

今は、工場も縮小したり、原料が入手できなかったりで、以前ほどの規模ではありませんが、事業も再開し、状況報告を兼ねたお中元シーズンのDMもすでに発送されているとのことでした。

その方は、経営者や役員ではないようでしたが、

「あんな状態になっても、事業を続けるんだ、という気持ちが初めからなければ、今頃再開はできていないと思う。あのとき、続けようか続けまいか、と迷っているようでは、たぶん、今でも迷っている状態が続いて、何にも着手できていないのではないか」

とお話していました。

行政の対応が遅い、とか、企業に対する支援が少ない・遅い、ということが言われていますが、お客様の利便性を考えると、早く事業を再開しなければならない、と考えるのが自然ではないでしょうか?

そう腹をくくったら、脇目もふらず、自社だけでも正常化に向けて業務に取り組むだけではないかと思うのですが、いかがでしょうか?

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仕事がつくる顔

ある会社の後継者の方に先日お会いしたときのことです。

彼は、この震災で、創業者である両親を亡くしました。

しかし、毎日、悲しみに浸る時間もないほど忙しいのです。

いろいろな話を聞きました。

心の中にはいろいろな感情が湧いているのに、それを出さないようにしているのだ、ということがよく分かりました。

ふと、まなざしを見ると、亡くなった先代の社長にそっくりです。

ずっと、「お母さん似だね」と言われていたのに、・・・少し痩せたからでしょうか?

同じ仕事をしていると、同じような顔になってくるのでしょうか?

仕事が顔をつくっているのかもしれませんね。

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宮城の牡蠣は世界の牡蠣

フランスの企業が、「フランスOkaeshiプロジェクト」と題して、宮城県の養殖・漁業関係者の方々に、漁具を贈呈して下さったそうです。

もともと、三陸の牡蠣は、宮城新昌(みやぎ・しんしょう)氏が、石巻・万石浦で養殖を始めたところから、盛んになってきたようです。

宮城新昌氏は、沖縄のご出身のようで、料理記者の岸朝子さんのお父様です。

フランスでは、昔から、生ガキを食べる習慣があり、養殖も盛んだったそうですが、1960~70年代に、病気で多くの牡蠣が死滅してしまったことがあったそうです。

そのときに、宮城新昌氏の種ガキをフランスに送って、何とかフランスの牡蠣が息を吹き返した、という歴史があります。

今回、津波で多くの養殖施設や漁具が被害に遭いましたが、そのときの「お返し」という意味で、フランスが手を差し伸べてくれた、ということなのです。

宮城の牡蠣は、フランスの他にも、世界で活躍しているようです。

昨年、私の主人がカナダを訪問したのですが、そこも牡蠣の養殖が盛んな地域で、何と、「ロイヤルミヤギ」という品種の牡蠣を養殖していたそうです。

そのネーミングの「ミヤギ」が、宮城県の「ミヤギ」か、宮城新昌氏の「ミヤギ」なのかは分かりませんが、どちらにしろ、この地域のものであることには変わりがないようです。

こんなことだけでも、「宮城の牡蠣」はどこにも負けないブランドではないかと思うのですが、いかがでしょうか?

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カンタータ大いなる故郷石巻

先日、「”カンタータ 大いなる故郷 石巻”の復刻版CDが出たから、お届けします」というご連絡をいただきました。

これは、1973年、石巻市政40周年を記念し、制作された楽曲です。

「大いなる故郷 石巻」CDパンフレット

「ソプラノとバリトンと大合唱と管弦楽のための カンタータ 大いなる故郷 石巻」と題されています。

作曲した小杉太一郎氏と作詞の石島恒夫氏は、いずれも石巻出身です。

小杉太一郎氏のお父様は、俳優の小杉勇氏、石島恒夫氏のご次男は、作曲家で桐朋学園大学教授の石島正博氏です。

この復刻版をCD化するにあたり、石島正博氏は、父である恒夫氏が芸術を愛し才能にあふれていたにもかかわらず、長男で家業を継ぐため、その夢を封印したこと、そして故郷での思い出を書きつづっています。

指 揮  小林研一郎

管弦楽  東京交響楽団

ソプラノ  伊藤京子

バリトン  友竹正則

朗 読   山内 明

合 唱   石巻合唱連盟

という内容です。

1973年11月4日に、石巻市民会館で録音されました。

1976年に他界した小杉太一郎氏のご自宅で、このたび初演のサブマスターが見つかり、CD化にこぎつけたとのことで、企画された方々はこの震災で失われた故郷の思い出を、CDに託したのだと思います。

1973年と言うと、私がまだ幼い頃でしたが、隣町の女川町に住む私の父は、このカンタータを聴き、非常に感動し、触発され、女川町でも同じようなことを実現したい、と、同じ感動を得た同世代の仲間とともに、「金曜会」という会を結成し、女川町を盛り上げた、と(わが父のことながら、)憶えています。

CDは1枚2,000円ですが、売上収益はすべて震災の義援金として寄付されるということです。

購入はインターネットでできます。 ↓ ↓

伊福部昭氏公式HP

また、携帯電話からの購入は、

http://www15.ocn.ne.jp/~ikenosei/keitai1.htm

皆さん、どうぞよろしくお願いいたします!

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ニュースにならないヒーローたち

なでしこジャパンの成し遂げたことは、本当に、多くの人たちに感動と勇気を与えてくれました。

被災地でも同じ感動を得ている人たちが多いと思います。

私も、PK戦で、勝利が決まったとき、涙が出ました。

それは、彼女たちがこれまで努力を積み重ねてきたことと同時に、「被災地のために」とか、世界中の支援に感謝、といった思いが伝わったから、ということが大きいように感じます。

素晴らしいニュースでした。

被災地では、ニュースにはならないけれども、いろいろなところで、自身が被災者であるにもかかわらず、人助けや支援が行なわれていることも、被災地以外に住んでいらっしゃる方にはお伝えしなければならない、と思います。

津波が押し寄せる中、体を張って、流されてくる人たちを助けた人たちは、私が聞く限りでも、かなりの人数にのぼりますが、車のガラスを素手でたたき割ったり、流木が背中に突き刺さったりして怪我をしていることにも気づかなかった、と言います。

仕事とはいえ、救援物資が来る前のひもじい時期に、町の職員、避難所となっていた学校の先生方、議員さんたちは、被災者のために、食糧をかき集めて配っていました。

高齢者を預かる施設では、利用者の方々を避難させたあと、スタッフの方々が犠牲になってしまったと聞きました。

学校や幼稚園、保育所などでも、先生方が、保護者が来るまで子どもたちを避難させ、保護して下さっていたところが多いと思います。

事業所が被災しているにもかかわらず、自社のために届いた支援物資を、惜しみなく避難所にボランティアで提供した会社も少なくありません。

生活物資を扱う店舗では、「復興支援価格」と称して、赤字覚悟で、多くの被災者の方々に、食料・衣料品・家具等の生活物資を低価格で販売しています。

このように、どういう業種でも、地域密着型の事業所は、同じ思いで事業を行なっているところが多いと思います。

先日までたくさんの自衛隊の方々が、被災地で、避難所同様の生活をしながら、多くの支援をして下さっていましたが、遺体の捜索や収容については、ものすごく丁寧に、礼を尽くしてやって下さっていた、と聞きました。

また、悲しいことですが、本当に理不尽なこともたくさん起きています。

そんなことも、ニュースにはなっていないのです。

いろいろなことがありすぎて、そして、私の知らないこともたくさんある中で、まだまだ書ききれませんが、ニュースにはならない、そして、そうしてほしいとも望んでもいない人たちがたくさん存在していることも分かっていただきたい、と思います。

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形が変わってもできること

形ややり方が変わっても、学ぶことはたくさんあります。

先日、お茶の先生のところに行きました。

先生のお宅兼お稽古場は、津波で押し流され、使える状態ではありません。

先生も、今は息子さんとアパート住まいで、お道具や着物を置いておくスペースはないのです。

そこで、被害の少なかったお茶室をお借りしてお稽古をすることにしました。

これまで準備は先生がなさっていましたが、準備も茶道の重要な部分です。

お借りするお茶室に早朝からお邪魔することは難しいので、準備のしかたもお稽古として教えていただくことになりました。

当たり前のように準備されていたお道具なども、いざ自分がやってみると、まったく同じようにはできません。

そして、お茶や日本文化の「座学」的な部分の知識も、毎回、質問形式で、全員で勉強することになりました。

「お点前はある程度できるようになってきたから」

と先生。

いつでも、いつも、新たなことを学ばせて下さり、ありがとうございます。

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熱中症

熱中症への対策が、いろいろなところで話題にされています。

震災以前の話ですが、ある先輩税理士の先生が、ゴルフで熱中症になった、とお聞きしました。

その先生にお会いしたときに、

「大変でしたね」

というと、何だか話が噛み合いません。

おかしいな、と思い、他の先生にお聞きすると、

「ゴルフ『で』熱中症」

ではなく、

「ゴルフ『の』熱中症」

という話だったようです。

ややこしい「病」名、といえるかもしれません。

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中央線、そしてお茶の水にて

今日は東京でした。

新幹線を降り、中央線に乗ると、隣に座った若い女性から、

「この電車は新宿に停まりますか?」

と聞かれました。

「停まりますよ」

と答え、彼女の手にある切符を何気なく見ると、仙台から来た方のようでした。

切符を出して、彼女に見せると、「あっ、仙台からですか?」

「そうです。家は女川で、流されてしまったんです」

その偶然に、彼女はびっくりしたようでした。

私の目的地、お茶の水までの数分間で、私の今の住まいや職場、彼女の家や家族、職場などの話をしました。

順天堂病院の1階にある喫茶店で、軽食をいただこうとしたら、相席しかなく、女性が1人で座っている席に座らせていただきました。

「いいですか?」と尋ねると、にこっと微笑んで下さいました。

彼女は、素敵にしている方でしたが、患者さんのようで、杖が必要なようでした。

ふと外来の会計票が目に入りました。私と同じ歳の方のようでした。

エレベーターからは車いすの患者さんが自分で降りてきて、そのあとを付添いらしい方がついてきています。

生きているということは、悩みがついて回る、ということでしょう。

みんな精いっぱい生きています。

そんな中での、支援・応援なのだと思います。

何によって駆り立てられるのか、それは、「みんな同じ」という思いからなのでしょう。

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宮城の幸を東京でコーディネート

先日、お客様が生産している海産物を、このブログでご紹介しましたところ、東京でテーブルコーディネーターとしてご活躍されている方からご注文がありました。

偶然にも、いつもデパートで買っている笹かまぼこと同じ会社の製品だったそうです!

いつもご愛顧、ありがとうございます!

震災後、そのデパートでも、その笹かまの在庫がなくなったと聞き、びっくりされたそうです。

その方のブログで、それらの食材が、素敵な器にコーディネートされてご紹介されています。

猪名川久美子さんブログ「HANAGATAMI TOKYO STYLE 」

日本の伝統文化を世界に広めるために、テーブルコーディネートをご紹介しているHP「花がたみ」はこちらです。 ↓ ↓

http://www.hanagatami-salon.com/

今後、宮城の海の幸だけでなく、野菜などとのお料理のレシピもご紹介下さるということです。

本当に楽しみです。

どうぞ今後ともよろしくお願いいたします!!

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再会と再開

先日、これまで行きつけだった美容院の美容師さんに、ようやく連絡がとれました。

震災の時には、お客様に避難していただいてから、自分たちも高台に逃げ、そこで津波の一部始終を見たそうです。

そしてその2時間後、津波の被害に遭ってしまった自宅に、波の中を歩いていったそうです。

自宅では、奥様とお子さんが、水の中で震えていたそうです。

その美容師さんも、一晩中、首まで水に浸かり、耐えていたので、凍死がいちばん心配だった、と言っていました。

通信手段が途絶えていたので、翌日、実家のある登米市まで徒歩と自転車で行き、車で迎えに来てもらったそうです。

ちなみに登米市までは車でも1時間近くかかります。

がれきの中、本当に大変だったことと思います。

職場のスタッフも全員解雇されてしまったので、もう1人のスタッフの方と、新しいお店を開業しようと奔走しているそうです。

それまでは、無事だった別な美容院にお世話になり、固定客の方に来ていただくということでした。

私はショートカットなので、1ヶ月でかなり髪が伸びてしまいます。

その方と連絡が取れるまでは、他の美容院に行っていましたが、やはり、少し違和感がありました。

髪というのは、気に入らないからといって、自分から切り離すことはできません。

「無事でお会いできて良かったです!またこれからもお願いします」

というと、

「震災後、自分でもいい仕事ができていると思うんですよね」

というコメント。

「その答えが、最近分かりました」

えっ???興味津々です。

「初め(シャンプー)から最後(ドライ)まで、(他のスタッフではなく)全部一貫して自分がやっているから、ですね!」

これまでは、組織の中で働いていたので、お客様のデータはすべてお店のコンピュータに入っていて、自分の担当のお客様でもデータを個別に保管する、ということはなかったそうで、

「お店の顧客データも流され、使えなくなってしまったので、それらがいかに大事か、思い知りました」

とのこと。でも、個別にお客様と連絡をとることはできない、というのは、組織のルールですから、しかたがないことだと思います。

それよりも、商品力・サービス力・技術力があるからこそ、お客様が自分を探して下さるのではないかと思うのですが、どうでしょうか?

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震災関連税制等セミナー、ありがとうございました!

7月5~7日まで、震災関連税制等のセミナーを開催いたしました。

参加された皆様、本当にありがとうございました。

今回は税制だけでなく、社会保険・労働保険、そして金融支援策など、多岐にわたる内容でした。

参加者の皆様からも、多くの質問が寄せられました。

Zentai

皆さん熱心に聞いていらっしゃいます。

Syotoku

所得税の雑損控除は、震災関連の損失であれば、5年間繰越できます。

そのため、参加者からは、「2回目からは年末調整で控除できるしくみにしていただければ」という要望も出されました。

Houjin

法人税は、災害損失特別勘定の繰入や特別償却、譲渡益の圧縮、見舞金・義援金の取り扱いなどを解説しました。

Jidousyazei

自動車関連の税の還付・免除は、該当する方が多いと思うのですが、仙台の陸運局まで行かなければならないので、地元の税務署や県税事務所に出先機関があるといいですね。

講師は、自分の被災自動車・代替自動車の実際の資料を使って説明しました。

Syaho

社会保険や労働保険は、直接的な被害で賃金が大幅に減額したりした場合には、免除となります。

Kinyuu

金融支援策も、その日公表されたばかりの情報を皆さんにお伝えすることができました。

皆様、ありがとうございました!

アンコールのご要望が多ければ、また開催します。

よろしくお願いいたします。

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アデノウィルス

今、長女はアデノウィルスにかかって熱がひかず、学校をお休みしています。

2週間前には、長男が同じ病気でした。さらに、その2週間ほど前には、次男が、解熱剤を飲ませても、なかなか熱が引かないな、という時期がありました。

長男は1歳の頃(ちょうど今頃ですが)、川崎病にかかったので、高熱が心配で、川崎病で入院したときの総合病院に行きましたが、次男は近くの小児科に行きましたので、アデノウィルスの検査はしませんでした。

長男の検査結果で、「ああ、のぶ(次男の名前)のときも、アデノウィルスだったんだな」と分かりました。

アデノウィルスは、夏風邪の一種で、プール熱とも呼ばれ、解熱剤でもなかなか高熱が下がらないのが特徴で、かなり感染力が強いこともあり、登校停止となります。

石巻の小中学校は、新学期が始まるのが遅かったため、7月は土曜日もほとんどフルで授業があります。

長女も宿題や授業の進みを気にしているようです。

今日は、20年くらい会っていない大学時代の友人から連絡がありました。

他にも、いろいろな方がご心配して下さったり、励ましのことばを下さったり、応援して下さったりしています。

ゼミやサークル、いろいろな会の先輩方や友人たちは、そのためにわざわざ集まって、話し合って下さっているようなのです!!

そのことだけでも、本当にありがたいですね。

こんな気持ちも、日本全体で、アデノウィルスのように感染力の強いものなのかもしれません(ウィルスにたとえてしまってごめんなさい)。

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走りながら考える

石巻魚市場も、どうやら今月12日から再開するようです。

気仙沼魚市場は先月23日、女川魚市場は今月1日から始まっています。

大変な状況の中での再開ですが、始めてみないことには、どこをどうしていかねばならないか、分からないと思うのです。

問題が大きすぎて、どこから手をつけていいか分からない、という時期もあるでしょう。

でも、いっぺんに全部、その問題を解決することは、現実的には無理です。

そのことが分かっていれば、できるところからやるしかない、という結論になるでしょう。

困難な状況に陥るのが怖くて、結局は何もしない、という状況にはなりたくないものです。

問題が存在することの認識とその問題の分析、もですが、「走りながら、血を流しながら、考える」ことも、必要かもしれません。

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大盛況!震災関連税制等研修会!

今日は、震災関連税制等の、お客様向け研修会を開催しました。

今日5日から7日まで、3日連続開催で、3回とも同じ内容を解説いたします。

所得税・法人税・相続/贈与税だけでなく、自動車関連の税制や社会保険・労働保険、金融支援策も、と、大変盛りだくさんの内容です。

その中には、今日出された支援策も盛り込まれています!

今日参加された方からのアンケートには、

「本当に、知らないと損する、と思いました。さっそく、手続をしたいと思います」

と記入されていました。

今、決定していることだけでなく、今後どうなるの?という部分に関しても、できるだけお答えしたいと思いますし、また、要望として、税理士会等を通して提案していきたいと思っております。

明日あさっても開催いたします。

飛び入りでもかまいませんので(無料です)、是非、ご参加ください!

(でも、できれば、事前にご連絡いただければありがたいです)

7/6は、18:00~20:00、7/7は14:00~16:00、いずれも、平塚善司税理士事務所2階会議室で開催です。

よろしくお願いいたします!!

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映画・お菓子放浪記のCM

先日、映画「エクレール・お菓子放浪記」のテレビCMを、初めて見ました。

わぁーーーーっと、目の奥が熱くなりました。

この映画は、震災前の石巻で撮影されました。

家族や多くの知人が関係しています。

早く観てみたいのです。

でも、泣かずに観ることができるかどうか、とても不安です。

何しろ、CMだけでも、こうなのですから。

上映になりましたら(東京ではすでに上映されているようですが)、是非多くの皆さんにご覧いただきたいです。

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震災時の経営者

経営者は孤独です。

以前からそう思ってきましたが、こういうときには、余計にそう思えることもあります。

震災で、職がなくなっても、従業員であれば失業手当が支給されますが、経営者には支給されません。

もし、借入金があればその心配もしなくてはなりません。

でも、逆に、従業員であったなら得られない喜びもあるでしょう。

そういう喜びを早く感じられるように、と、考えています。

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