« 2011年9月 | トップページ | 2011年11月 »

2011年10月

世界宝ものコンクール

日曜日は、長女の小学校の学芸会でした。

本当は9月いっぱいで体育館が避難所でなくなる予定だったそうですが、10月11日までそれが延長になる、という事態の中で、なかなか自由に練習ができないながらも、子どもたちは一生懸命演技をしていました。

小学3年生の長女たちの劇は、

「ほんとうの宝ものは」

というタイトルでした。

「世界宝ものコンクール」というコンクールがあり、各国の宝ものが出品され、審査員たちが審査します。

出品されたものは、・・・

①これまで世界を支えてきたお年寄りたち、

②高いお金を出して買ったり、盗んだり、ごまかしたりして手に入れた高価な宝石、

③汗まみれになって働く人たち、

④1つのボタンを押すだけで、地球全体を破壊できる威力をもつミサイル、

⑤これから育っていく子どもたち、・・・等々でした。

合格したのは、①・③・⑤でした。

不合格は、・・・

④のミサイルを出品した国では、審査員に、

「では、その威力を実際に見せてください」

と言われ、ボタンを押そうとするのですが、自ら、「自分はまだ死にたくない」と言ってしまうのです。

大事なものは何か、を、誰もが本当は分かっているはずなのに、自分に何も悪い影響がないと分かると、それを忘れてしまうことが多いのかもしれません。

しかし、もしかすると、この震災で、日本だけでなく、多くの国の人たちが、そのことに気づかされたのではないか、とも思うのです。

| | コメント (0)

学芸会前日

今度の日曜日は、長女の小学校の学芸会です。

この学校の体育館は、つい先日まで避難所になっており、学芸会も日程がなかなか決まらなかったのですが、10月になってから何とかメドがついたようです。

明日は土曜日ですが、通常の授業があります。1日空けると日曜日に忘れ物をする子がいるからかどうか、分かりませんが、土日続けて登校です。

そのため、今週の月曜日は、土曜日の振替として前倒しのお休みでした。

給食の献立表を見ただけで、月曜日は「給食止め」と書いてあったので、

「あぁ、この日はお弁当の日だな」

と勘違いし、さっそく早起きしてお弁当を作り、長女は「お弁当、楽しみ♪」と、喜んで学校に行きました。

しかし、学校には誰もいません。

長女も、通学路を誰も通っていないので、「おかしいな」と思ったようですが・・・

何人かの働くお母さんに、この話をしてみたら、何と、同じようなことを、皆さんもやっているではありませんか!

明日のお弁当は、「この前と同じでいい」という、親孝行の長女でした。

| | コメント (3)

台帳不要

私がいつも行くお店で、自宅も店舗も震災で大きな被害を受けたところがいくつもあります。

幸いにも、いろいろな形でお店を再開したところが多く、ほっとしています。

なぜなら、私の場合、「急いで何とかなりませんか?」ということが多く、何も説明しなくても、私の家や家族のこと、職場のこと等々、理解して対応して下さることが、何よりも私にとってありがたいことなのです。

そのようなお店のひとつが、私の行っていた化粧品屋さんです。

自宅とお店は違う場所にありましたが、どちらも甚大な被害を受けました。

当然、化粧品店にある、顧客台帳もなくなってしまったのです。

しかし、今、そのお店に電話し、「ファンデーションがなくなったので」「クリームがなくなったので」と伝えただけで、ちゃんとメーカーやブランド、色が同じものを準備して下さるのです。

もしかして、台帳が見つかったのかな、と思っていましたら、

「すべてのお客様の使っているメーカーやブランド、色を全部覚えてますよ」

とのこと。

えーーーーっ!!!

同じメーカーでも、実績がないと扱えない、ランクの高いブランドも、そのお店では扱っていますので、顧客数はかなりの数だと思います。

どうやって覚えるのか、聞いてみました。

「長年の経験かしら・・・」

うれしいことですね。

| | コメント (0)

石巻市倫理法人会

11月2日午前6時から、石巻グランドホテルにて、石巻市倫理法人会のモーニングセミナーで、私が講話をさせていただくことになりました。

今、セミナーに参加している方々は、すでに事業を再開されている方ばかりだとのことです。

現在の会長は、石巻JCでお世話になった先輩です。

少しでもお役に立てる話ができるよう、頭を絞ります!!

| | コメント (2)

金融庁・中小企業庁への被災地の声

震災で甚大な被害を受けた企業にとって、必要な経営資源は、通常の経営と同じ、「ヒト」「モノ」「カネ」「情報」ですが、その中で、他の経営資源にもっとも影響を及ぼすのは、「資金」ではないかと思います。

しかしながら、政府系の金融機関は、被災地であっても、というか、以前よりも、非常に厳しくなっています。

なぜか。

それは、恐らく、「二重ローンの買取」が背後にあるからではないかと思います。

二重ローンの買取は、制度としては決定したようですが、実際に、どのような基準で買い取るのか、ということはまだ定まってはいないようです。

金融機関は金融庁の指導に従った経営をしており、経営指標の基準値以上の決算を求められます。

ですから、できるだけ損失を回避したいのです。

どれだけ負担をしなくてはならないか等、内容が分からないものに関しては余計にそのような傾向が強くなるのでしょう。

また、中小企業庁の企業のグループ化による復旧費用の3/4を助成する制度については、全額支払いをすませないと、助成金が入金されません。

それは、国の事業ということで、会計検査院の検査があるため、不正をできるだけ防止するためではないか、と思います。

しかしながら、本当は「復興支援」のはずなのです。

通常の制度であれば、それでもいいかもしれませんが、借入もままならず、助成金もあてにできない、という状況では・・・

制度自体はいいのかもしれません。

しかし、それを扱う窓口に利害関係が生じないような配慮や、少々粗削りでも、スピードをもっともっと早くしていただかないと、本来の支援の趣旨が生かされないのです。

金融庁、そして、中小企業庁の皆さんに、是非この声をお伝えしたいです。

| | コメント (0)

数奇な運命

日曜日、映画「エクレール・お菓子放浪記」を観てきました。

石巻では今月初めから上映されているのですが、なかなか観に行く機会がありませんでした。

と思っていたら、主人公アキオを演じた吉井一肇(はじめ)君(12歳)が、何と、中国最大の映画祭、第20回金鶏百花映画祭の国際部門で、主演男優賞を受賞した!との、ものすごい朗報が飛び込んできたのです!!

111023_10500001

この賞は、日本人では2人目で、1人目は「おくりびと」の本木雅弘さんでした。

吉井君は映画初出演ですから、ものすごい快挙です。

主な共演は、いしだあゆみさん、林隆三さん、高橋恵子さん、尾藤イサオさん、遠藤憲一さん、元野球選手の駒場徳広さん、ピンクの電話の竹内都子さん、等々、豪華な顔ぶれです。

一度試写会で観た、という主人も無理やり引っ張って、家族全員で、この映画を観に行きました。

旧北上川のヨシ原、登米市の木造の尋常小学校と足踏みオルガン、日和山、岡田劇場の入口にあるグッズ売り場、舞台、客席・・・

しかし、震災で、岡田劇場は、もう何もなくなってしまったのです。

映画には、主人もエキストラで出演しており、エンドロールにも名前が出てきます。

パンフレットにも写真が出ています。

というか、最後の見開きのページの左端に写っています。

父は、岡田劇場が、「人生の恩人」ということもあり、この映画に多額の寄付をしましたので、パンフレットにも映画のエンドロールにも、個人名で名前が紹介されています。

映画には、多くのエキストラの方が出演しています。

石巻市の亀山市長の顔がスクリーンに映し出されたときは、観衆から「あら」「ふふ」という声が漏れました。

友人たちも何人か顔が出ました。

この映画の話が舞い込んできたのはいつ頃だったかなぁ、と、映画が終わったあと、主人と話しました。

主人が、この映画の石巻での「応援する会」の事務局となり、奔走する中、どうやって全国に発信しようか、と聞かれ、

「ブログを書いたら?」

と言いました。

いつからこの映画のブログを書き始めたのか、見てみましたら、去年の1月末からでした。 ↓ ↓

http://makicasi.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/index.html

ずっとこのブログを見て行きましたら、去年の3月6日にチリ地震があり、海岸付近で少しだけ津波があった様子が書かれています。

50年前のチリ地震津波のときの岡田劇場のことも書いてあります。

シナリオの完成、ポスターの完成、石巻での撮影、仙台での試写会、等々、この映画のこともですが、それに付随するさまざまなことが書き綴られています。

そして、ブログには書けないいろいろなことを、私も聞いていました。

3月9日に、石巻専修大学で開催された観光フォーラム。この日も大きな地震がありました。このフォーラムの記事は、3月11日にアップされています。↓ ↓

http://makicasi.cocolog-nifty.com/blog/2011/03/post-49a2.html

次の記事を書く前に、あの震災が起きてしまいました。

読者の皆さんが心配して、コメントを書いて下さっています。

主人は映画の裏方(映画スタッフ)の裏方(応援する会)の裏方(事務局)でした。

この映画が、震災により、むしろ注目を浴びることになり、また、主人公が主演男優賞を獲得することになろうとは・・・

そして、この映画に関わった多くの方が、震災により、人生が大きく変わりました。

くそばばぁ役を演じたいしだあゆみさんと主人公アキオの吉井君を、旧北上川のヨシをかきわけて、舟が往来するシーンがありますが、この舟の船頭さんは行方不明だそうです。

エキストラで出ている皆さんも、甚大な被害を受けた方が多いと思います。

もちろん、主人もそうです。

映画の主人公も、数奇な運命をたどる人生でしたが、この映画も、そして、映画に関わった人たちも・・・

この映画は、世界中の映画祭からオファーが来ているようです。

また、11月に、東京の専修大学でも、1日だけですが上映されるそうです。

その時に、主人もこの映画、そして震災について、話をするそうです。

是非、お近くの方はご参加ください。

| | コメント (3)

被ばく限度の基準

オックスフォード大学の物理学の名誉教授が、このほど来日し、日本の被ばく限度が厳しすぎることで、悲劇を生みだしている、ということを、お話されているようです。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20111012/223166/?leaf_rcmd

この教授は手弁当で日本にいらしたそうです。

どうぞ、皆さん、ご覧になってください。

| | コメント (4)

鶏頭となるも牛後となるなかれ

第3次補正予算の総額が決まったようです。  ↓ ↓

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20111020-00000051-mai-pol

12兆1,025億円のうち、震災復興対策に9兆2,438億円充てられるようです。

そうと決まったら、その執行を急いで実施していただきたいです。

さて、私の故郷、女川町では、39歳の首長が誕生しそうです。

私も所属していた石巻JCの仲間・後輩であり、そのお姉さんが高校までの同級生でもあり、と、いろいろなつながりがあります。

石巻JCでも過去に首長となった先輩方が何人かいますし、宮城県内でも、JCの宮城ブロックで可愛がって下さった先輩方が、現役の首長として活躍しています。

前職は県議でしたが、議員と首長の違いは、責任の大きさでしょう。

女川町は小さいまちかもしれませんが、トップとなれば、しかも、被災地の、となれば、強力なリーダーシップが必要だと思います。

いろいろな困難もあるでしょうが、「ブレーンがちゃんといるから大丈夫」と、聞いています。

私も協力させていただきます!!

頑張れ、須田君!!

頑張ろう、女川!!!

| | コメント (0)

被災中小企業への支援策??

被災中小企業の金融機関からの借入金やリース債務を、国が買い取り、再建を促す、という法案が決まりそうです。 ↓ ↓

http://www.asahi.com/special/10005/TKY201110180715.html

しかしながら、「借金棒引き」というわけではなく、何年間か返済を猶予して、再建できた企業は、一部減額後返済、再建できなかった企業は返済不要、となるようです。

「買い取り」というと、すべて返済不要、と考えてしまいますが、そうではないようです。

「買い取り」ではなく、別な言い方にしていただきたいですね。

復旧費用の4分の3を助成する「グループ化助成金」については、第3次補正予算で詳細を決定しているようですが、前提は、復旧費用を全額支払ってからの助成金だということです。

ですから、一時的に、復旧費用を調達しなければならないのです。

地震保険金等があっても、不足する場合が多いのです。

また、国や県の書類の精査があり、助成が受けられるかどうか、申請金額が全額通るかどうかも、事前に分からないのです。

県の精査が11月末から12月初めだそうですから、・・・

実際に、そのような政策を待たずに、復旧に着手している企業はたくさんあります。

それは、住民の利便性を考えて、それこそ、「頑張って」いるのです。

そのような企業が、「損をした」と思うことがないようにしていただきたいと思います。

「自助努力」が再開の基本、ではありますが、それにしても、「日本はひとつ」などという「美しい言葉」を裏付ける「行動」があってこそ、それが実現されるのだ、と思うこのごろです。

| | コメント (2)

我は海の子

今日は、陸前高田に行ってまいりました。

石巻から、登米市・南三陸町・気仙沼市、で、宮城県境です。

岩手県に入り、陸前高田市です。

南三陸町のうち、旧歌津町や沿岸部の旧志津川町、そして、陸前高田市の光景は、私の住んでいた女川町の状態と同じでした。

根こそぎ、何もなくなっています。

どんなまちがそこにあったのか、まったく分かりません。

女川町は、以前はこんな町でした。 ↓ ↓

震災直後は、 ↓ ↓

http://mihooffice.cocolog-nifty.com/blog/2011/03/post-dbef.html

http://mihooffice.cocolog-nifty.com/blog/2011/03/post-5415.html

http://mihooffice.cocolog-nifty.com/blog/2011/03/post-1443.html

http://mihooffice.cocolog-nifty.com/blog/2011/03/post-f82f.html

今は、 ↓ ↓

http://blog.goo.ne.jp/gozain_2/e/39d23d5f25dd4a88825e6cdedce23317

http://mihooffice.cocolog-nifty.com/blog/2011/10/post-d619.html

陸前高田の、有名な「ど根性松」も見てきました。

南三陸、気仙沼、陸前高田と、ずーーーーっと、青い海を見ながら、運転してきて、

「あぁ、海の仕事をしているわけではないけれど、本当に、私は海と一緒に育ってきたんだな」

と思いました。

晴天の、大らかで、深い海を見つづけた1日でした。

| | コメント (0)

東日本大震災に係る国税の申告・納付等の期限延長に係る一部の地域における期日の指定について

今日付で、国税の納期限・申告期限の延長の期日が、被災地の一部の地域で指定されました。 ↓ ↓

http://www.nta.go.jp/sonota/sonota/osirase/data/h23/jishin/hisai/kijitsu_shitei2.htm

◆平成23年12月15日を期限とする地域

岩手県:宮古市・大船渡市・陸前高田市・釜石市・住田町・大槌町・山田町

宮城県:気仙沼市・多賀城市・南三陸町

◆今回は期限を指定しない地域

宮城県:石巻市・東松島市・女川町

福島県:田村市・南相馬市・川俣町・広野町・楢葉町・富岡町・川内村・大熊町・双葉町・浪江町・葛尾村・飯舘村

というわけで、宮城県では我が地域、そして福島県の原発関連の地域のみが、いまだ延長のまま、ということになりました。

鉄道の復旧具合と比例しているのでは、という噂も出ています。

| | コメント (0)

宮城県の法人県民税・事業税、石巻市の市民税減免措置

先ごろ、宮城県の法人県民税・事業税、石巻市の法人市民税の減免措置が出されました。

制度自体は、1ヶ月ほど前からあったようですが、具体的に対象となる区域や、受入体制が整っていなかったようです。

<<以下は、宮城県と石巻市共通>>

◆対象事業年度・・・平成23年3月11日から平成26年3月10日までの間に終了する各事業年度

◆減免の内容・・・

①均等割:平成23年3月11日に、市内に所在する事務所等のすべてが、固定資産税の免除区域内にある場合、全額免除

 ★固定資産税の免除区域に関しては、

  宮城県HP(石巻市以外の市町村の県民税) ↓ ↓

     http://www.pref.miyagi.jp/zeimu/oshirase/hisai-houjin.htm

  石巻市HP(県民税・市民税とも)  ↓ ↓

    http://www.city.ishinomaki.lg.jp/hishokoho/sinsai/koteisitei.jsp

  石巻市の場合は、日和山等の高台や、内陸の旧桃生町等を除き、かなりの地域になっています。蛇田地区も、かなり該当しています。

  東松島市と女川町は、地図も一緒に表示してあります。

②法人税割:資本金等の額が300万円未満の法人については、震災により2分の1以上の損害を受けた時、税額の10%を減免

<<石巻市のみ>>

上記に加え、全法人が、法人税割の税率13.7%を12.3%に減免

 すでに申告を終えている法人もあると思いますが、石巻市の場合は、市役所から直接申請書等を郵送するそうです。

待ちきれない方は、すぐに申請しても、OKだそうです。

なお、東松島市と女川町については、法人市(町)民税については、まだ情報はありません。

県については、一度納付してから、還付申請をする必要があるようです。

減免措置の詳しい内容は、

宮城県HP ↓ ↓

http://www.pref.miyagi.jp/zeimu/

石巻市HP ↓ ↓

http://www.city.ishinomaki.lg.jp/hishokoho/sinsai/sinsai-sizei.jsp#koujin

をご覧ください。

| | コメント (0)

職員の体験談

先週と今週、事務所の職員が講師として、同業の方々に、自分の体験を交えたお話をさせていただく機会がありました。

内容は、生命保険に関してでした。

非常に悲しく、つらいことですが、当事務所のお客様でも、震災の犠牲になった方が、数十名いらっしゃいました。

しかしながら、そのほとんどが、当事務所がお勧めした生命保険に加入していたのです。

もちろん、経営者や後継者、役員、従業員の皆さんが犠牲になったことによる心痛は、大変なものだと思います。

また、その業務を引き継ぐ方も、大変だと思います。

しかし、「資金=保険金」があれば、その負担を少しでも軽くすることが可能かもしれません。

しかも、借入金と違い、返済する必要がありません。

保険のことをよく知らないから、といって、おつきあいのある方のお勧めで保険に入る方もいらっしゃいますが、最適なものであれば、問題ないと思います。

ベストは、きちんと、企業の財務内容や経営状況を熟知し、保険にも詳しい人に、お聞きしてから加入するのがよいと思います。

一口に「生命保険」と言っても、目的も違いますし、法人向けのもの・個人向けのもの、といろいろです。

「自分は健康だから」と言って、保険を敬遠される方もいらっしゃいますが、この震災で、自分に何が起きるか分からない、という気持ちに変わってきた方も多くなっていることを感じます。

是非、今加入している保険の見直しや、今後どのような保険に入ればいいのかを、ご相談下さい!!

| | コメント (2)

被災モデル校

長女の通う小学校の校庭に、被災した中学校の仮設校舎が、先日完成しました。

今週から、中学生が通っています。

以前の中学校は、ここの小学校から車で20分ほどのところにありました。

仮設校舎を建設するにあたり、PTAでも、会議が開かれました。

比較的被害の少なかった地域のため、どちらかというと、校舎建設に反対する声が多く出されました。

中学生が小学生と同じ敷地に入ることによる、小学生への心理的影響、スポーツ少年団の練習が校庭で思うようにできない、等々の意見でした。

長女は、4月からこの学校に転校してきました。そのとき、被災したことで転校してきた子はクラスでも学年でも1人だけでした。

しかし、同じクラスの子たちは、仲間外れにすることなどまったくなく、母親である私の顔ですら、すぐに覚え、授業参観に行くと、「ちーちゃん(長女の名前)のお母さん、来たよ」と長女に伝えたりするほどでした。

子どもたちのほうが、よっぽどおおらかです。

「もし、そんなに心配でしたら、実際にその中学校に行って、子どもたちの様子を見てから考えてはどうですか?」

「私も自宅がすっかり跡形もなくなりました。避難所やいろいろなところで、見ず知らずの人たちに助けていただきました。こんなときこそ、協力し合わなければならないのではないでしょうか?」

「メリット・デメリットなどを考えて、受け入れるかどうかを決めるよりも、いろいろなことが心配されている中、全国に発信し、自慢できるモデルを自分たちが作るんだ、という気持ちになったほうがいいのではないでしょうか?」

つい最近まで「よそ者」だったくせに、こう、意見を言いました。

会議が終わり、帰ろうとすると、何人かのお母さんから、

「よく言ってくれた」

「私も、その中学校の地域から転校してきた家なんです」

と、話しかけられました。

今朝、何人かの先生方が、小学校の近くの道路に立って、中学生が自宅のある地域から乗り合わせてくるバスが、小学生や住民に影響がないかどうか、見回りしていました。

ちょうど、たくさんの中学生を乗せたバスが入ってくるところでした。

あの時間でしたら、かなり早く集合しなければならないはずです。

帰りのバスも夕方4時頃だと聞きました。

部活はどうするのでしょう・・・

いろいろ心配なこと、かわいそうだな、と思うことがありますが、子どもたちは、きっと自分たちの力で解決していくことでしょう。

大いに、応援しています!!

| | コメント (6)

祝・女川マリンパル再開!!

先日、再開した「マリンパル女川」に行ってきました。

111010_11340001

連休中ということもあってか、大賑わいでした。

土日は、サンマのつみれ汁のサービスもあり、車が入りきれないほどだったそうです。

111010_11080001

やはり、いちばん人気は、生サンマ、でしょうか?

宅配をお願いする人がたくさんいました。

111010_11100001

子どもたちと一緒に行きましたが、中に入るなり、目ざとく、アイスクリームのお店を見つけ、すぐにおねだりです。

座ってコーヒーとお菓子のセットや、おにぎり等の軽食をいただくコーナーもあります。

今はすっかり貴重品になってしまった、ホヤやウニも販売しています。

私は冷凍の蒸しホヤを買いました。

以前は女川湾のそばにそびえており、隣に小さな水族館もあったのですが、どちらも甚大な被害を受けました。

そこで、場所を変えての再開になりましたが、多くの人が待ち望んでいたのでしょう、知っているお顔を、たくさん拝見しました。

宮城にいらっしゃいましたら、是非、女川まで足を伸ばして、新鮮でおいしい海産物をお求めください!!

| | コメント (0)

仮設のまち

仮設住宅がそろそろ入居率100%に近くなってきました。

そのようなこともあり、ここ数ヶ月で、不都合な部分がいろいろと現れてきています。

暑さ・寒さ対策、台風対策、などの季節的なことや、買い物や通院が不便、高齢者等の孤独死、コミュニティの分散、などなど、多くの問題があります。

仮設住宅で暮らす期間が、実際、何年くらいになるのか、分かりませんが、当初はそれほど長い期間とは考えられていなかったものが、もしかすると、そうではなくなる可能性も大いにあると思います。

住居としての機能を改善すれば解決する問題は、すぐに着手できることです。

買い物や通院などの部分は、どうすればいいのでしょう。

住民バスを運行する、という試みもあるようです。

しかし、考えてみれば、小売店、診療所などの事業者も被災している場合、以前の場所でお店を再開しても、そこに住む住民が仮設住宅に移っているときには、消費者が周囲にいない、ということになります。

どちらもミスマッチ、なのです。

ですから、例えば、事業者が仮設住宅に移動販売車等で訪問したりすれば、そのミスマッチはある程度解消されます。

いちばんは、仮設住宅と小売店や事業所をドッキングさせた「まち」をつくれば、話は早いのです。

そこで雇用も生まれるでしょう。

失業保険も、生活の原資として活用できるうちは活用する、というのも、ひとつの考え方ですが、一度「働かない」生活をしてしまうと、なかなかそこから「脱出」できない場合が多いそうです。

車を買う資金が捻出できなくても、同じ仮設住宅の中でなら、働くことはできます。

これから仮設住宅を作らねばならない状況になったときには、こんなことも考え、例えば、2階建・3階建の仮設「ビル」にし、1階部分を仮設店舗にして、被災した事業所を入居できるようにする、などですと、一石二鳥、三鳥にもなりそうです。

これも、時間が経過したから分かったことですね。

| | コメント (2)

絵ハガキ

10/5の読売新聞に、女川の高校生の記事が掲載されていました。↓

http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/miyagi/news/20111004-OYT8T01267.htm

震災の時には彼女は中学3年生でした。

彼女のおじいさん、そして同級生が津波の犠牲になり、また、まちもまったくその姿をとどめていない中、ライフラインがまったく復旧していない4月に、ペットボトルの水と絵の具で、子どもたちが手をつないで希望の光を見出している情景を描いたそうです。

描くまで、そして描いているあいだも、きっといろいろな感情が交錯していたことでしょう。

この絵が、復興のお礼をするための絵ハガキとして取り上げられ、多くの方の思いを乗せて、支援してくださった方々のお宅に届けられることとなりました。

今は高校の美術科に通っているだけあって、さすがのタッチです。

皆さんも、是非、どうぞ。

収益の一部は、あしなが育英会に寄付されるそうです。

| | コメント (0)

他人ごとではない問題

いろいろな地域の方々から、

「地震や津波に遭ったときのリスクを最小限にするには、日頃から何を準備すればいいのですか?」

と、質問を受けることがあります。

今や、全国どこの場所でも、似たような状況になる確率が高いのです。

そして、人口が多い都市部では、きっとパニックになるのではないか、と危惧しております。

確かに、この震災で、マニュアル通りにはいかない、その時々の判断が明暗を分けた、ということが分かったと思います。

しかし、事前に何かできることはないでしょうか?

職場において、重要なものは何でしょうか?

最近は、顧客・設計・会計・生産管理等々の「情報」や「データ」の蓄積が、何よりも、その企業の経営資源になっている、といっても過言ではありません。

それらを、日頃から、最新のものの管理者を決めて、確実に、災害から退避させるしくみが必要でしょう。

また、役員・従業員が、いざという時に、どこに避難しているか、の情報や、連絡手段をあらかじめ確保することも重要ではないかと思います。

家庭でも、同じことが言えると思います。

さらに、高齢の家族や子どもを連れてこなくてはならない、と迎えに行き、その途中やその後に津波の犠牲になった、という例がたくさんあります。

高齢の家族や子どもたちが、普段いる場所(デイサービスや保育所・学校等)の管理者の方とも、災害時の対策について、お互いに決めごとをしておく必要がありますね。

今、子どもたちが通っている保育園や小学校とは、地震や津波のときには、親が引き取りに来るまで、そこで保護していただく、ということに決められています。

また、定期的な避難訓練も必要だと思います。

先日の新聞には、保育所で保育中の子どもたちの被害が、ほとんどなかった、ということが掲載されていました。

保育所では、ちょうどお昼寝の時間で、うちの長男も同じでしたが、どの保育所でも、毎月避難訓練をすることが決められており、そのため、乳幼児も泣いたり騒いだりする子がおらず、先生方もあわてず避難・保護することができた、と書いてありました。

長男の通っていた保育所は、跡形もなく流されてしまいましたが、そこにいた子どもたちは全員無事でした。(本当に先生方のおかげです!!)

さらに、都市部においては特に、地域のコミュニケーションも重要ではないかと思います。

地方ですと、狭い社会で、顔の見える関係のため、自分本位な行動をとると、「○○に住んでいる××さんが、こんなことをしていた」ということが噂になりますので、そういう行動を自粛する傾向にありますが、都市部に関しては、それが希薄ではないでしょうか?

できるだけ多くの人が、共生できるようになるには、住民1人1人がそのことを自分自身のこととして心がけるということが、重要なのではないでしょうか。

| | コメント (0)

楓葉経霜紅(ふうよう しもをへてくれない)

先日、お茶のお稽古に行ってきました。

震災で、「こんなときにお茶なんて」と感じる方も、いらっしゃると思います。

私は、それをわがままだと思いながらも、以前から、自分が、いつ行けなくなってもおかしくない状況だと思っているので、できる限り伺っています。

震災後は、先生も状況がまったく変わってしまいましたが、稽古場を貸して下さる方がいらっしゃいましたので、そちらをお借りしてお稽古をしています。

先日のお軸(掛軸)は、

「楓葉経霜紅(ふうよう しもをへてくれない)」

でした。

今の季節に合った禅語ですが、それ以上に、今の私(たち)の心に沁み入ります。

楓の葉は、骨身に沁みるような厳しい霜の時期を耐えるからこそ、真っ赤に色づくのだ、ということです。

| | コメント (0)

人生でいちばんおいしいサンマ

昨日は、女川サンマ収獲祭に行ってきました。

111002_14050001

女川町民中心にPRしたようですので、例年のようなものすごいにぎわいではありませんでしたが、炭火焼のサンマに舌鼓を打っている方、家族連れがたくさんいました。

111002_13280001

私も、長女と一緒にパクリ!

これまででいちばんおいしいサンマでした!!

それもそのはず、女川港に揚がったばかりのサンマだったのです。

2人ともお昼を食べてから行ったのですが、もう1匹食べられそうでした。

実際、「もう1匹、食べませんか?」と聞かれましたが・・・

大根おろしは、東京・板橋からの支援、サンマの「焼き部隊」にも、かなりボランティアの方が入っていました。

ありがとうございます!!

111002_13430001

こんな感じで焼いています。

たくさんの友人、知り合い、長女の同じクラスだったお友達やその家族に会いました。

その多くは、女川町の仮設住宅に住んでいます。

学区外の仮設住宅でもしかたなく住んでいて、学校まで送迎している家もあります。

どの人に会っても、話が尽きません。

あぁ、本当に、ここが私の生まれ育ったところなんだ、と、涙が出てきました。

今の家に帰る前に、以前の家のあった場所に行ってみました。

辛うじて残っていた周囲の家や町営アパートは、すでに取り壊され、その跡地は更地になり、さらに、さまざまな材質のがれきが積み上げられています。

たぶん、かさ上げのため、がれきをその土台にするのでしょう。

111002_14560001

私の家の前の階段は、まだそのまま残っていました。

しかし、1ヶ月ほど前に来た時より、さらに多くの雑草が生い茂り、本当に、何がそこにあったのか分からない状態になっていました。

111002_15000001

その雑草の中を突き進みましたら、玄関先の敷石の部分はそのままになっていました。

そこから見ると、台所があった場所も、土台の板が剥がれてはいますが、形跡が少し残っています。

車に乗り、長女と、その日まで一緒に通った道をたどってみました。

町営アパートを見ながら、その前を左に曲がると、主人と私の車を駐車している場所があります。

長女とは、いつもそこまで一緒に行って、私は、長女が、その先のクラスメートの子の家にたどり着くまで見届けていました。

時々、長女の方が先に家を出ることや、長女がその家に行く前に私が車を発車することもありましたが・・・

「ここは、○○だったよね」「ここは●●ちゃんの家だったよね」

と、長女と確認しました。

サンマ収獲祭は、今回14回目を数えますが、実行委員会の事務局をしていた団体は、以前、私が担当していました。

第1回目のときのことも覚えています。

そのときから事務(局)を担当されていたEさんに、会うことができました。

その団体のトップは何度か交代していますし、今回の実行委員長も前回とは別な方ですが、Eさんは、ずっとサンマ収獲祭に携わってきました。

昨日は、きっと、ここまでこぎつけたことで、感無量だったのではないかと思います。

お話しようとしましたら、すでにアルコールで、ベロベロになっていて、お互いに感極まってしまいました。

「美穂ちゃん、いいから、もっていけ」

と、生のサンマを2箱持ってきてくれました。

女川、そして、サンマ収獲祭よ、永遠なれ!!!

| | コメント (2)

« 2011年9月 | トップページ | 2011年11月 »