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お盆

お盆に、お墓参りに行ってきました。

まだまだ、震災直後の状態のままのお墓も残っています。

それでも、1年5ヶ月経った今、生活の面については、震災直後とはだいぶ変わりました。

「食べるものがない」「水道・電気・ガス・電話が復旧しない」「道路が寸断され、通行できない」

という状態ではありません。

多くの支援を受け、また、それぞれが立ち上がり、生活ができるようになりました。

でも、それだけでしょうか?

こんなに「豊かな日本」になったのは、なぜでしょうか?

私の祖父は、戦争に3回出征しました。生前、そのときのことは、絶対に口にしませんでした。

祖母は、身長140cm・体重39kgでしたが、祖父が戦争に行っている間、8人の子どもを抱え、義理の祖母、両親の世話をしながら、1人で闇米を買いに行ったり、義理の父と一緒に養蚕や木こり、炭作りをしたそうです。

闇米を買いに行ったときには、米3俵(1俵は60kg)を背中に背負い、16km徒歩で運んだということですが、父は、「米が重すぎて、バンツァン(祖母のこと)、すっかり体が見えなくなってたよな」

父は、1個の卵を、醤油でのばして、きょうだい5人で分け合って食べた、といいます。

母は、自分の仕事が終わった後、親戚の家に行って帳簿をつけたり、甥っこに勉強を教えたりしてから帰宅し、家では、店の手伝いを深夜までやっていた、といいます。

主人の両親も大変な思いをしました。

義父は、サツマイモの蔓しか食べるものがなく、あのとき一生分食べたから、もうサツマイモは食べない、といいます。

義母は、父親代わりの兄に育てられ、卵さえ食べた記憶がない、といいます。

そういう、苦しい時代があったからこそ、今の時代があるのでは、と、思います。

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