« 2013年2月 | トップページ | 2013年4月 »

2013年3月

平成2年

4月から新人が入社します。

今年大学を卒業した方は、平成2年生まれですね。

西暦でいうと1990年です。

ベルリンの壁が1989年に破壊され、バブル崩壊もこの年あたりから始まった、とされます。

1989年の年末に、友人たちと、ベルリンの壁を民衆が壊し始めている様子をTVで見ながら、

「世紀末なんだね」

と話していたことを思い出します。

バブルの黄金期に、大学4年生だった私たちは、就職活動の解禁日には、

「拘束」

というものがありました。

会社が、食事や旅行などで、内定者を「拘束」し、他社に行けないようにするのです。

経済最優先、という時代だったようにも思えます。

また、私たちの学年は「ひのえうま」生まれの次の学年で、非常に人数が多く、競争が激しい学年でした。

22年経った今でも、その頃のいろいろな想いは、同じ学年に沁みついているような気がします。

| | コメント (0)

異動

今日は子どもたちの通う小学校の離任式でした。

長女の担任の先生は、同じ県内出身の先生で以前は都市部の学校に勤務していました。

しかし、震災でその先生の地元も、非常に甚大な被害を受けました。

それで、昨年、被害の大きかった地区へと、こちらの小学校に異動を希望されたのだそうです。

本当にありがたいことですね。

震災前、長女が通っていた女川2小で、震災の年に担任だった先生も、異動となったようです。

その先生は、当時、大学を卒業したてのフレッシュな女性の先生でした。

震災直後、その小学校が避難所となったのですが、先生方はずっと小学校で、被災者へのボランティアをしていました。

その担任の先生も、アパートが甚大な被害を受けたにもかかわらず、ずっと小学校で被災者のお世話をしていました。

避難所で会うたびに、「先生には本当にお世話になりました」と告げると、

「いえいえ、私のほうこそ、子どもたちの笑顔に助けられています」

との返答でした。

今年は6年生の担任をされていたようで、女川2小の最後の卒業生を送り出したようです。

本当に、ありがとうございました!!

| | コメント (0)

忘れっぽい方へ

自分は忘れっぽい、と思う方は、どうにかして忘れない方法を実践する必要があります。

月々の支払いを忘れる方は、金融機関で自動振替の手続をすれば、そのことはとりあえず考えなくてもすみます。

しなければならないことをメモにして、見えるところに貼っておく、という方法もあります。

社会人でも専業主婦でも実践していることですね。

じゃあ、メモすることすら忘れたら?????

少し痛い目に遭うと、いいかもしれませんね。

自分のことを忘れられてしまったらどうなるか、そんな自分のことを忘れてくれていない周囲の皆さんに感謝をすれば、簡単に物事を忘れるといった迂闊なことはできなくなるでしょう。

| | コメント (0)

安かろう、・・・

同じように見えるものでも、安いものは、正規品とは違うことが多いようです。

トイレットペーパーやボックスティッシュなど、時々目玉商品で出たりすることがありますが、枚数や長さが、通常のものより少ないようです。

化粧品なども、同じブランドのものでも成分が違うようです。

キシリトールガムも、歯医者さんで販売しているものと同じものが売っていて、価格が安かったので、試しに買ってみましたら、キシリトールの割合が違っていました。

見た目では全然区別がつきません。

どちらを選ぶかは考え方次第ですね。

| | コメント (0)

きっかけ

いろいろなできごとがあり、そのたびにいろいろと考えさせられます。

考えるきっかけを作っていただいている、と考えれば、本当にありがたいことですね。

| | コメント (0)

決算対策はお早めに

今月は月末が土日になっています。

3月決算法人の皆さん、決算対策をする場合には、早めにしましょうね!

できるだけ月曜くらいには、何とか処理をすませて、ほっとした気持ちで決算日を迎えましょう。

| | コメント (0)

欲張りな生き方

予想外のできごとが、まま発生することがあります。

それをどう受け止めるか、・・・

自己改革のきっかけになるということもありますね。

転んでもただでは起きない、欲張りな私の考えです。

| | コメント (0)

最後の校歌

私と妹たち、そして長女が平成23年4月20日まで通っていた、女川第2小学校で、最後の卒業式が行われました。

来年度からは、女川の小中学校は、それぞれ1校に統合されます。

寂しいことです。

中学校も同じ状況なのですが、小学校がなくなってしまう、ということのほうが切ないのは、長女が通っていた、というところで、きっと思い入れが違うのかもしれません。

本当にお世話になりました。

小学校卒業から30年以上経ちますが、校歌はまだしっかりと歌えます。

海の子たちの生き生きとした表情が校舎にあふれている、そんな情景が思い浮かびます。

女川2小よ、本当にありがとう!!

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<<< 女川町立女川第2小学校 校歌 >>>

                        作詞:木村隆男 / 作曲:阿部豊子

1.潮の香りも 新しく

  栄える港 身にうけて

  気も勇ましく 船出する

  女川湾も 窓に映え

  眺めて立てる 我らが母校

2.若いみんなの 声たかく

  心をみがき 身をきたえ

  さざなみの児ら 手を結ぶ

  育む命 洋々と

  望みもはるか 我らが母校

3.灯台のひは 輝いて

  行くてはるかな 道しるべ

  さざなみの児ら 意気高く

  文化の光 ともす日を

  築くあしたの 我らが母校

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

この校歌に恥じないように、これからも生きていきたいと思います。

| | コメント (0)

雑損控除繰越の際の奇々怪々

個人の確定申告もようやく終わり、ほっとしている時期ですね。

震災により、甚大な被害を受けた方は、その損失を所得から控除することができます。

「雑損控除」ですが、所得から引き切れなかった場合の損失は平成24年以後、5年間にわたって繰り越すことができます。

ところが、・・・

この損失の繰越に関しては、所得がなくても申告が必要となります。

そして、もっと???なのは、・・・

例えば、給与収入が100万円の場合、給与所得は35万円となります。

38万円の基礎控除以下ですので、本来は申告が不要です。

しかし、雑損控除の繰越額がある場合には、確定申告をする必要があるというだけでなく、繰越の損失から、この35万円の給与所得分を差引いたものが、翌年に繰り越す損失となるのです。

少なくとも、基礎控除は無駄になります。

どうにかならないものか、と思います。

| | コメント (0)

口より

口で何とか言っていても、最終的には、行動です。

行動が、その人を表しています。

| | コメント (0)

緊張感の切れる頃

仕事に一段落ついたときに、ふっと緊張感が切れて、体調を悪くすることがあります。

皆さん、寒暖の差も激しい時期ですから、気をつけましょう。

人事異動もそろそろ決まる頃でしょうし、なかなか落ち着かないですね。

| | コメント (0)

青色事業専従者

個人事業を営んでいる方は、基本的には、家族に対して給料を支給したとしても、それは必要経費とは認められません。

しかし、年間6ヶ月以上、その業務に従事する人であれば、青色申告者の場合には、青色事業専従者として専従者給与を支給し、それが必要経費として計上できます。

まずは、所轄の税務署に、青色事業専従者給与の届出を提出する必要があります。

個人事業主の生活の原資は、事業所得として課税された後のものになりますので、あらかじめ給与として必要経費に計上できれば、課税前で生活費を確保することができます。

給与そのものは、もちろん課税対象ですが、「給与所得控除」があるので、収入金額そのものが課税対象となるわけではありません。

生活費の確保、そして、家族で仲良く協力して事業を継続していく、という意図も、もしかしたらあるのかもしれませんね。

| | コメント (0)

裏紙で使えない紙の活用法

事務所で仕事をしていると、けっこう「紙」がたまります。

これは、いわゆる「ミスプリント」の紙のことであり、企業の機密事項が書かれたものが多いので、例えば「裏紙」としては使えません。

この活用方法、何かないでしょうか?

と思ったら、すばらしい方法を発見しました!

興味のある方はご連絡下さいね。

ちなみに、今、失敗したコピーの文字を消す機械も開発されたそうです。

| | コメント (0)

贅沢なおにぎり

「震災から2年」ということばが、どこからも聞こえてきます。

海の彼方の国でも、TV・新聞等で報道されているようです。

平成23年3月11日の朝、家を出たあと、もうその家もまちの姿も、それっきり、以前の姿を見ることはできなくなりました。

その日は、隣の学区の小学校の廊下で、父と主人の3人で、他の町民と一緒に、一夜を明かしました。

廊下で、まだ親と会えない子どもたちが元気に歌を歌ったりしていました。

まるで学校に合宿に来ているような感じでした。

星がきれいで、寒い夜でした。

外に出ても、電気が止まってしまっているので、真っ暗でした。

凍っているところを歩かないように、気をつけて歩きました。

翌朝、先生方が、プロパンガスか何かでご飯を炊いたのでしょうか、温かいおにぎりが配られました。

少し周りに塩味がついていました。

こんなときなのに、こんなおいしいものが食べられるなんて、と、ものすごい贅沢をしているように思えました。

3月になり、温かくなってきたな、と思っても、あぁ、震災の日は確かロングブーツを履いていたし、例年だと申告期限となる日あたりには、大雪が降りました。

日が暮れる前に、布団代わりの体育用のマットを敷かないと、電気がない避難所では身動きがとれないのです。

固くて冷たいマットの布団でした。

| | コメント (0)

意地悪なアラフォー

若い人に、いろいろなことを質問することがあります。

そのときに、

「忘れました」

という答えが返ってくるときがあります。

「忘れた」というのは、

「以前は分かっていたが、(何かのせいで)思い出すことができない」

という意味だと思います。

でも本当でしょうか?

本当に覚えていたら、答えは出るはずなのでは・・・

本当は「分からない」ことを自分で認めたり、他人に知られたりしたくないだけなのでは・・・

時々、

「『忘れた』というのと、『分からない』というのは違うよね」

と意地悪を言うことがあるので、きっと嫌がられていることでしょうね。

| | コメント (0)

時間つぶし

私がまだ中学生くらいだったときのこと、繁忙期に、用事があって両親の働く事務所に行ったことがありました。

父は、できあがった申告書にサインをしようと、今か今かと待ち構えていました。

しかし、一向にその気配が見えなかったようです。

父は、

「できあがったら呼びに来るように」

と、当時、近所にあった映画館に行き、映画を観ていたのです。

いい時代でしたね。

今は、その映画館もなくなってしまいましたが・・・

| | コメント (0)

制度疲労

世の中は日々刻々と変わってきているので、以前つくった制度等がすばらしいものだったとしても、それが今の時代にマッチしているものかどうかは、必ずしもいえない部分があるでしょう。

産業構造、そして、産業そのものが変わってきているので、それにあてはめた制度が時流にあったものになっているかどうかも分かりません。

定期的に見直しをしたりする必要は、大いにあるかもしれませんね。

| | コメント (0)

明日のこと

今やらないで、明日やろうと思っていることが、明日、必ずできる、というわけではありません。

それが分かっていれば、生き方が違うと思うのですが・・・

| | コメント (0)

出張続き

毎日、次男とはすれ違いの日々です。

長女と長男は、小学校なので、朝食は一緒にいただきますが、次男は保育園に行く直前に起きてくるので、朝は顔を合わせることがありません。

夜は、家族全員が寝静まった後に帰ります。

ある日、次男が私の母に、

「お母さん(私のこと)、今日も泊まり?」

と言っていたそうです。

こんな母親でも、少しは存在感はあるのでしょうか?

| | コメント (0)

初日のお昼

今日は、当事務所では、全体会議の日です。

毎月初日は、課・部門、そして事務所全体の予定や業務の計画・進捗状況を確認・検討する日なのです。

お昼は、全員で、外食です。

しかし、震災後、閉店するお店が多くなり、なかなか予算内でお昼が食べられるお店が少なくなりました。

お弁当ですと、だいたい予算内なので、ほぼ毎月、お弁当になります。

自分の机の上ですと、皆黙々といただくことになり、けっこう味気ないので、何か工夫が必要ですね。

皆の顔が見えるお食事タイムにしたいものです。

| | コメント (0)

« 2013年2月 | トップページ | 2013年4月 »