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第1回宮城県沖地震

私が小学5年生のときの6月12日の夕方、宮城県沖地震が起きました。

私はそのとき、そろばん塾におりました。

そろばんが終わって、その家の庭で遊んでいたら、大きな揺れを感じました。

友達や妹と、そこにうずくまりました。

まだそろばんが終わっていなかった人たちが、庭に一斉に出てきました。

向かい側に見える山の崖が少し崩れたのを、目にしました。

塾の中は、飾ってあった壺が粉々に砕け落ちていました。

ちょうど壺があったあたりに座っていた子が、壺をよけるために、頑丈なものを楯にしていたので、それに壺が当たって壊れてしまったのです。

先生は、「そんな場所に壺をおいていた自分が悪かった。でも○○ちゃんに怪我がなくてよかった」

と言っておられました。

家に帰ると、祖母が、やはり粉々になってしまったグラスや食器を片づけていました。

向かいにあった酒屋さんでも、多くのお酒のビンが落ちて、一生懸命掃除をしていました。

その日の夜は、停電のため、ろうそくの灯りの下で食事をしました。

何だか、遠足やキャンプのようで、少し楽しかったことを憶えています。

当時は、仙台等ではブロック塀の下敷きになって犠牲になってしまった子どもが何人かいて、非常に問題となりました。

そのときの、宮城県沖地震の教訓を踏まえ、6月12日は宮城県では「防災の日」となっています。

その33年後に、それよりもはるかに大きな災害が来ようとは、・・・

防災というものも、進化しなければならないのですね。

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