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言語と立場

何気なく使っていることばが、世代等々が違うと、意味が違う、ということが分かってきました。

例えば、「すみません」という言葉は、20代前半の人たちには、「とりあえず、ミスをしてしまってごめんなさい」と謝る気持ちくらいではと思うのですが、その上の世代以上になると「もう同じ過ちはしません」という意味が、その言葉に込められているのではないでしょうか?

「見た」という言葉は、20代前半では、「対象物が物体としての目を通った」ということまでの意味かもしれませんが、それ以上の世代では、「その意味を理解した」「間違いがないかどうか確認した」「仮に間違いがあった場合には、それに対処した」ということまで含まれるのですから、きっと驚きではないでしょうか?

さらに多くの日常語が、異なる意味で使用されているのでは、と思います。

意外に、同じ立場の人間だったら、言語が違っても理解できるかもしれません。

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