妙齢の・・・

最近、同い年、という方によくお会いします。

年齢を聞く前は、ずっと年上だろうな、などと思ったり、少し私より若いかも、などと思ったりしているのですが、年齢の話になり、びっくり、ということが多いのです。

一般的に、大企業にお勤めし、役職に就いておられる方は、落ち着いていて、私より年上だろうな、と思える方が多く、フットワークが軽くてご自身がメインに動くような職業やお立場の方は、若く見えるようにも思えます。

そして、お顔のつくり、というよりは、表情にそれが表れているように思えます。

私はどう見られているのでしょうね?

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欠航・決行・結構・血行

連休中、主人と広島に行ってまいりました。

9/16、台風18号の真っただ中です。

すでに仙台では、雨風が激しくなってきていました。

朝8:20の飛行機を予約していましたが、あえなく、欠航。

他の目的地に向かう便も続々と欠航となっています。

払い戻しの行列ができて来ています。

このまま待っていても行けないかも、ということで、駐車場に向かいました。

しかし、待てよ、と思いました。

地上は台風が吹き荒れていても、上空はそれほどではないかもしれない、と思いました。

どちらにせよ、その日は何の予定も入れていないのです。

空港で1日空席待ちをしたっていいのです。

仙台では、その日の午後3時が台風のピークだという天気予報でしたので、その後に飛ぶ飛行機もあるかもしれません。

空港に引き返し、払い戻しの列に並んで、他の便のキャンセル待ちができるかどうか、聞くことにしました。

欠航が相次ぐ中、なぜか、飛ぶ、という便が少しあるのです。

11:20の福岡行と11:40の広島行が、まだ欠航となっていないようです。

その2つの便のキャンセル待ちをすることにしました。

福岡行の搭乗手続きの締切時間を、とりあえず待ちました。

しかし、何のアナウンスもありません。

この便も結局は欠航となったようです。

・・・と思っていたら、何と!

「11:40の広島行は確定しました」とのアナウンスが!

払い戻しやキャンセル待ちのために、すでに並んでいた150人ほどの長蛇の列の中から、11:40広島行に乗る人たちが列をはずれ、別の列を作り始めました。

搭乗手続きの締切時間が近づいてきました。

ドキドキ・・・

何と、空席が出たようで、番号が呼ばれました!

主人と2人とも、その便に乗れることになりました!

同じく、キャンセル待ちをしていた、赤ちゃん連れのご夫婦も乗れることになり、ほっと一安心。

さっそく、飛行機に乗り込みました。

風はものすごく強く、止まっている飛行機の機体が揺れるほどでした。

すると、「今の風の強さは、基準値を上回っておりますので、風が基準値以下になるまで、しばらくお待ちください」との機内のアナウンスがありました。

窓から見ると、滑走路の脇の芝生や植木は、横殴りになっています。

しばらくその状態が続きましたが、まったく「飛びます」というアナウンスはありません。

本当に飛ぶんだろうか、満席になっている飛行機に全員搭乗させた後で、「やっぱり無理です」ということもあるんだろうか、と思いました。

それでも、外を見なければ、飛んでいるんじゃないか、と思えるほど、機体が揺れている状態でした。

滑走路で待つこと1時間・・・

ようやく、飛べる状態になったようです。

上空は、想像していた通り、台風はまったく関係ありませんでした。

無事、広島に着陸。

広島は、まったく台風を感じさせない秋の青空になっていました。

あきらめの悪さも、時々は役に立つものですね。

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平成2年

4月から新人が入社します。

今年大学を卒業した方は、平成2年生まれですね。

西暦でいうと1990年です。

ベルリンの壁が1989年に破壊され、バブル崩壊もこの年あたりから始まった、とされます。

1989年の年末に、友人たちと、ベルリンの壁を民衆が壊し始めている様子をTVで見ながら、

「世紀末なんだね」

と話していたことを思い出します。

バブルの黄金期に、大学4年生だった私たちは、就職活動の解禁日には、

「拘束」

というものがありました。

会社が、食事や旅行などで、内定者を「拘束」し、他社に行けないようにするのです。

経済最優先、という時代だったようにも思えます。

また、私たちの学年は「ひのえうま」生まれの次の学年で、非常に人数が多く、競争が激しい学年でした。

22年経った今でも、その頃のいろいろな想いは、同じ学年に沁みついているような気がします。

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鬼と犬

子どもたちが言うことをきかないときは、私は「犬」になることにしています。

犬が喜んで、ワンワン!!と舌を出して抱きついてくる、あんな感じで、子どもたちの耳のあたりにすがりつきます。

すると、子どもたちは、よほどのことでない限り、嫌な顔はしません。

母親、というより、「ヘンな犬」と思うらしく、「まいったな」という顔です。

先日、長女に、「お母さんが鬼みたいになるのと、犬みたいになるのと、どちらのほうだったら、言うことを聞く?」

と聞きました。

すると、長女は、

「でもお母さん、事務所では犬にはなれないでしょ?」

というのです。

事務所の話など、ひとつもしていないのに、おかしいですね。

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仕事の励み

この仕事をやっていて、いいな、と思えることは、仕事を通じて、多くの素晴らしい方にお会いできるということです。

今日は、東南アジアから日本に来て、起業した若い経営者の方とお会いしました。

ここ十数年の間に、東南アジアの国々の中から新興国がどんどん出てきていますが、今日のお客様のご出身は、まだまだ貧しい国です。

小さなお子様が2人いるにもかかわらず、数年前に日本人の奥様が亡くなってしまったそうです。

子どもたちは親戚に預けながら、1人で一生懸命に経営と現場の両方を取り仕切っているそうです。

「大変ですが、子どもたちがいることが、仕事の励みになりますね」

と話しましたら、

「そうですね。きっとハーバード大学かケンブリッジ大学に行くことになるでしょうから」

とのこと。

「それじゃあ、なおのこと、お金を貯めなくてはなりませんね」

うちの子どもたちと同窓になってくれたら、うれしいですね。

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35年後の再会

今日は、震災で甚大な被害を受けながら、事業を再開させ、震災前の課題を解決し、見事に革新を果たした会社の経営者と後継者、補完者の方の講演がありました。

非常に感銘を受け、快さを心と体にまといながら、懇親会場へ。

テーブルは自由席で、初めてお会いする方々もたくさんいらっしゃいました。

すると、同じテーブルで、歓声が上がりました。

アラフォー世代の、ある会社の女子社員さんが、保育所時代にお世話になった先生が、何と偶然にも、同じテーブルだったのです!!

その先生は、その女子社員さんの会社が、近しくしている会社の社長のお姉さんだったのです!!!

もう30年以上も前のことを、お互いに覚えていたのですね!

成長しても、先生は教え子のことを覚えていて、教え子も、教わった先生のことを覚えているものです。

不思議な再会ですね。

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見えてくるもの

おもしろいもので、こんな状況になると、いろいろなことが見えてきます。

すると、今まで点と点だったものがつながってきて、本質が分かってくるような気がします。

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前例がない自由

まったくこれまで前例がなかったことが、業務の中に出てきています。

ある程度、税法やその他の法律で救済されている部分はありますが、まだまだ、現実に追いついていない部分もあります。

というか、この先、どうなっていくのかも分からないのです。

ですから、業務に限ったことではないと言えます。

阪神・淡路大震災と共通する部分も確かにあります。

しかし、そうでない部分もかなり存在しています。

人々の価値観が変わり、まったく違う世界になっていくかもしれないのです。

マイナスイメージがプラスに変わり、プラスと思われていた部分がマイナスになるかもしれないのです。

いや、もうそうなっている部分もあります。

前例がない、ということは、前例にこだわらなくてもいい、ということかもしれません。

自由ですが、勇気と柔軟性も必要ですね。

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カンタータ大いなる故郷石巻

先日、「”カンタータ 大いなる故郷 石巻”の復刻版CDが出たから、お届けします」というご連絡をいただきました。

これは、1973年、石巻市政40周年を記念し、制作された楽曲です。

「大いなる故郷 石巻」CDパンフレット

「ソプラノとバリトンと大合唱と管弦楽のための カンタータ 大いなる故郷 石巻」と題されています。

作曲した小杉太一郎氏と作詞の石島恒夫氏は、いずれも石巻出身です。

小杉太一郎氏のお父様は、俳優の小杉勇氏、石島恒夫氏のご次男は、作曲家で桐朋学園大学教授の石島正博氏です。

この復刻版をCD化するにあたり、石島正博氏は、父である恒夫氏が芸術を愛し才能にあふれていたにもかかわらず、長男で家業を継ぐため、その夢を封印したこと、そして故郷での思い出を書きつづっています。

指 揮  小林研一郎

管弦楽  東京交響楽団

ソプラノ  伊藤京子

バリトン  友竹正則

朗 読   山内 明

合 唱   石巻合唱連盟

という内容です。

1973年11月4日に、石巻市民会館で録音されました。

1976年に他界した小杉太一郎氏のご自宅で、このたび初演のサブマスターが見つかり、CD化にこぎつけたとのことで、企画された方々はこの震災で失われた故郷の思い出を、CDに託したのだと思います。

1973年と言うと、私がまだ幼い頃でしたが、隣町の女川町に住む私の父は、このカンタータを聴き、非常に感動し、触発され、女川町でも同じようなことを実現したい、と、同じ感動を得た同世代の仲間とともに、「金曜会」という会を結成し、女川町を盛り上げた、と(わが父のことながら、)憶えています。

CDは1枚2,000円ですが、売上収益はすべて震災の義援金として寄付されるということです。

購入はインターネットでできます。 ↓ ↓

伊福部昭氏公式HP

また、携帯電話からの購入は、

http://www15.ocn.ne.jp/~ikenosei/keitai1.htm

皆さん、どうぞよろしくお願いいたします!

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形が変わってもできること

形ややり方が変わっても、学ぶことはたくさんあります。

先日、お茶の先生のところに行きました。

先生のお宅兼お稽古場は、津波で押し流され、使える状態ではありません。

先生も、今は息子さんとアパート住まいで、お道具や着物を置いておくスペースはないのです。

そこで、被害の少なかったお茶室をお借りしてお稽古をすることにしました。

これまで準備は先生がなさっていましたが、準備も茶道の重要な部分です。

お借りするお茶室に早朝からお邪魔することは難しいので、準備のしかたもお稽古として教えていただくことになりました。

当たり前のように準備されていたお道具なども、いざ自分がやってみると、まったく同じようにはできません。

そして、お茶や日本文化の「座学」的な部分の知識も、毎回、質問形式で、全員で勉強することになりました。

「お点前はある程度できるようになってきたから」

と先生。

いつでも、いつも、新たなことを学ばせて下さり、ありがとうございます。

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